2013年1月8日火曜日

今年こそ国際学会の日本開催・招致を増やそう

2013年の初めてのBlogです。今年もこのBlogを通じて、私の考えていること、感じていることなどを知っていただければ幸いです。改めてよろしくお願いいたします。
掲載記事を増やすのに伴って、意外にもBlogを書く難しさがますますわかってきたような気がします。多彩なテーマの選び方、小さなスペースに明解なまとめを提示する難しさは、公式的な書き方が可能なHPとはかなり違います。少しずつ時間をかけて改善を図っていきたいと思います。

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ところで、今年の冒頭のBlogでは、国際学会開催あるいは招致の重要性にふれたい。世界的な規模の経営学会である、IFSAM (The International Federation of Scholarly Associations of Management)は、2014年9月に明治大学で第12回の世界大会を開くことになっている。一年後とは言え、担当されている先生方は、今準備に大変な努力をされている。
国際的な規模の学会を日本に招致する試みは、日本の多くの学会に求められていると思われる。それは各国の研究者に日本を間近に見てもらうきっかけになるだけではない。日本の研究者に報告の機会が容易に手に入ることになるからである。
私はこの間IFSAMを含む有名な国際学会で何度も報告させていただく機会を得たが、そこで本当に残念だったのは、日本の研究者の参加が非常に少ないことであった。報告者が少なければ、どうしても関連するテーマでの議論になりにくい。

今、さまざまな分野で、日本と日本人の情報発信が少ないことに反省が求められている。尖閣列島や竹島、さらには従軍慰安婦についての中韓の一方的な情報発信はすさまじい。これに対して日本の情報発信は質量とも劣っている。これは戦前からひとつも変わらない日本の弱点となっている。
学会でも同じである。国際学会への参加者が少ないことは、上で述べた。その結果、私の分野では、日本の経済システムや企業システムの基本的な特徴すらしばしば誤って理解されている。日本は集団主義で財閥や企業集団が大きな影響力を持っている。企業組織の利益が優先されて個人が埋没しているなどである。これらの誤解を解くのは、まず我々日本人の研究者でなければならない。

国際学会の招致や開催を実現するためには、英語での論文発表を増やさなければならない。私は自分自身が所属する大学で、2008年3月にまず論集データベースを設置し、その後12月には英文論集の刊行を実現した。執筆者が限られる英文論集の刊行に対する学内の批判は今でもかなり根強い。しかし、どの大学も、少なくとも大学の論集の一部を英語化すべきである。すべてを英語化できれば画期的である。日本の多様な見解が、海外に発信できれば、日本の知的な豊かさがさらに明らかになるだろう。
政府の見解と異なる見解を発表できない、あるいはそれを弾圧する、さらに他国が自国と異なる見解を発表することを政治的に攻撃する知的な貧困は、近隣諸国を含め少なくない国で見られる。こうした環境のもとで、日本は知的な豊かさをますます高め、世界をリードすることが必要だろう。

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