2013年8月16日金曜日

鳥海靖『もういちど読む山川日本近代史』を読む、前編

終戦の日には、改めて日本の近代史を振り返ってみたい。

鳥海靖『もういちど読む山川日本近代史』(山川出版社、2013年)が、日本近代史研究の現在までの成果を集約し、今後の方向を示す重要な問題提起を行っている。冒頭の序と、いくつかのコラムを紹介しておきたい。
近年、教科書が改めて読み見直されるようになっているが、本書はそのシリーズのひとつとして出版された。鳥海靖氏は、『もういちど読む山川日本史』の著者でもある。後者はKindle版もあって便利である。

(p.1)では次のように述べている。
「第二次世界大戦の敗戦からほぼ20年, 1960年代半ばごろまで,日本近代史の分野では,マルクス主義歴史学,ないしそれに同調する立場からの歴史研究が圧倒的に主流を形成してきた。そこでは歴史は,おおむね国家権力の人民への抑圧とそれに対する人民の闘争として図式化される。そして,明治維新以降,第二次世界大戦の敗戦にいたるまでの日本の国内体制の「圧政的」「専制的」性格が強調され,日本の近代について,西洋先進諸国の近代との比較において,もっぱらその「遅れ」「ゆがみ」「不十分き」「半封建的性格」などが説かれるとともに,対外政策の面での日本の「侵略性」が力説されるのである。要するに,そこでは,日本近代史をほとんど全面的に否定的に理解・評価する傾向が濃厚であった。」(太字は新保による、以下同じ)

さらに続けて、鳥海氏は以下の様に展開している。従来の研究では、1. 西欧理解があまりに観念化・理念化されている、2. 制度上の実際の運用を軽視している、3. 今日的価値を基準としている、と言う。
以上は、戦後の近代史研究へ明解な批判であり、非常に重要な問題提起である。この著作をひとつの契機にして、具体的な見直しがあらゆる分野で進められるだろう。

鳥海氏は、このような基本的な批判にもとづいて、「「日本ファシズム」論をめぐって」(p.223)では、以下のような興味深い展開を行っている。
「確かに日本では,ファシズムの最大の特質と考えられるナチス流の強力な一党独裁体制を欠き,ヒトラーのような独裁者も出現せず,政治的反対派に対する徹底した大量粛清もなかった。天皇機関説の否認,国家総動員法の制定,大政翼賛会・翼賛政治会の成立(複数政党制の解消)などにより,明治憲法の立憲主義的側面は制定者の意に反して大幅に後退し,議会の権限は弱体化したが,憲法自体は改廃されなかったから, ドイツのナチス独裁やソ連の共産党独裁のような強力な独裁体制をつくりあげることは困難だった。

上記のような指摘さえ、これまでは戦前の体制を美化するものとして、学問的に裏付けされること無く、政治的に批判され続けてきた。しかし、このような視角でとらえてはじめて、日本資本主義と日本社会の独自の性格と積極的な役割に近づくことが可能となる。
次回のブログ(後編)では、鳥海氏の問題提起では、あまり重視されていない経済的な要因を探りながら、日本資本主義の独自の性格と積極的な役割について検討してみたい。

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