8月16日(土)から11月30日(日)まで、大阪市立東洋陶磁美術館で、特別展「IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器」が開かれているので、さっそく行ってきた。
4つの時期に分けて、伊万里の貴重な作品群が、伊万里とヨーロッパの関係の詳しい説明とともに展示されている。
以下の説明文と画像は、展覧会会場で販売されているパンフレットに基づいた。パンフレットは2,300円だが、全258ページ、多数の写真と詳しい解説があってとても見応え、読み応えがある。
第1章 伊万里、世界へ 1660~1670年代
「中国の明・清王朝交代に伴う内乱により、・・・景徳鎮磁器の海外輸出が激減すると、オランダ東インド会社は景徳鎮磁器に代わるものとして有田の磁器に目をつけました。
中国の技術を取り入れ技術革新を進めた有田の磁器は、オランダ東インド会社による厳しい品質基準の注文を受け、・・・景徳鎮磁器に勝るとも劣らない品質の磁器を作り出しました。」
左図:染付芙蓉手花盆文皿、18 (番号は展覧会作品番号)
以下、すべての写真をクリックしていただくと画像が大きくなりますので、ぜひご覧ください。
第2章 世界を魅了したIMARI、1670~1690年代
「この時期、伊万里はヨーロッパ輸出の最盛期を迎えました。なかでも、オランダ東インド会社からの注文により、1670年代頃に温かみのある乳白色の素地に型づくりの精緻な白磁(「乳白手(にごしで)」)に繊細な色絵を施した色絵磁器が柿右衛門窯でつくられました。
これが今日典型的な「柿右衛門様式」として知られているものです。」
右図:色絵花鳥文六角壺、59
第3章 ヨーロッパ王侯貴族の愛した絢爛豪華、1690~1730年代
「1670年から輸出用として一世を風靡した柿右衛門様式の色絵磁器は1690年代には早くも姿を消すことになります。
それに代わって新たに登場したのが、絢爛豪華な「金襴手(きんらんで)様式」です。
・・・
ヨーロッパの宮殿や邸宅の室内装飾品として大型の壺や瓶の注文が増え、高さ90cmを超えるものも見られます。」
左図:色絵龍虎文大壺、89
第4章 輸出時代の終焉、1730~1750年代
「1684年以降、ヨーロッパへの輸出を再開した中国景徳鎮磁器との競争の結果、伊万里は最終的に景徳鎮に敗れることになります。
・・・
1757年、オランダ東インド会社による伊万里の公式な輸出は幕を閉じました。
そして、伊万里のヨーロッパ輸出の立役者であった同社も1799年に解散となりました。」
右図:色絵傘美人文大壷、166
展覧会では、長期間にわたる伊万里の発展の歴史と、その技術の高さだけではなく、伊万里とヨーロッパ、東インド会社との深い相互関係を知ることができた。
ところで、展覧会が開かれた中之島は、今どんどん変わっている。公園自体が整備されたし、京阪電鉄も乗り入れて、とても便利になっている。淀屋橋、北浜も近く、展覧会の後ともに訪れるところもたくさんある。
ぜひこの特別展をご覧になるようにお薦めしたい。
これらの画像をさっそくPinterestに掲載しました。これで見ていただいた方が美しく見えます。
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