2019年8月13日火曜日

甦った鈴木其一の作品を満載、河野元昭『鈴木其一』

鈴木其一の本格的な研究書、河野元昭『鈴木其一』(東京美術、2015年)をぜひおすすめしたい。掲載された作品数は非常に多く、其一の多様な作品を深く味わうことができる。また、其一と同時代の人々、例えば北斎などの作品との共通性なども知ることができる。それを理解するための河野氏の解説は専門的で詳しいが、一部にはかなり難解な部分もあるように思われる。

「其一は、彼が活躍を続けていた幕末の頃、江戸で最も人気のある画家の一人でした。その名声は明治時代に入っても保たれていましたが、やがて忘れ去られていったようです。其一が不死鳥のようによみがえるのは、昭和四十七年(一九七二)のことです。」(同書、はじめに、以下では引用はページ数のみ)

同書は、3つの章から構成されている。
第1章 草書落款時代 文化10年(1813)~天保3年(1832)
第2章 噌々(かいかい)落款の時代 天保4年(1833)~天保14年(1843)
第3章 菁々(せいせい)落款の時代 弘化元年(1844)~安政5年(1858)
なお、彼の師、酒井抱一については、其一とともに、「奈良・大和文華館で酒井抱一展、Houitsu Sakai in Nara」で紹介したことがある。

以下で鈴木其一の代表的な5作品を紹介するが、それら以外にも、「朝顔図屏風」、「群鶴図屏風」、「柳に白鷺図屏風」などのよく紹介される作品も、もちろん掲載されている。








やはりまず掲げるのは、其一の最も有名で特徴的な作品である「夏秋渓流図屏風」(六曲一双)である。同書によれば、第2期の代表的な傑作とされている。(29)
何よりも驚かされるのは、金地を背景として豊かな色彩で覆い尽くされていることである。流れる水は全体が濃い青色で波は金線、山の大部分は緑一色、水辺と水中の岩は黒を中心とした限られた色である。木々は比較的写実的で、右隻には真っ白な百合、左隻には赤く色づいた紅葉がある。全体が非常に写実的であるように見えて、実は深く濃い色で激しく流れる渓流が創造されている。そうした創造が逆に自然の力強い姿を見事に写しているように思われる。
私は、私のWebsiteの英語版のTOPページにこれを背景として使っている。



左:昇竜図、制作年記載無し
「昇竜はお目出たい図様にもかかわらず、この雲は妖雲と呼びたい。・・・いや、幕末バロック(37頁参照)と呼ぶにふさわしい。」(64)
「夏秋渓流図屏風」の色彩豊かな画面とは打って変わって墨一色の濃淡で昇竜を描いている。竜の背景には黒い雲が覆っていて竜の動きを強調している。もうひとつの興味深い其一の作品である。

左:三十六歌仙図、弘化2年(1845)
再びカラフルな作品。「天地の目もあやな配色と蠕動する流水には、其一の個性の一端がよく示されている。」(78)三十六歌仙の衣装のそれぞれが非常に強い色を用いて鮮やかに、またその表情も丁寧に描き分けられている。
そして、やはり琳派に独特の青色の流水が様々な扇とともに背景を作っている。

左:向日葵、制作年記載無し
背景はすべて捨象され、一本のみの向日葵が描かれている。花の部分は徹底して写実的に、植物図鑑のように描かれているが、「葉は淡墨に緑青をたらし込み、金泥で葉脈を描いて」(『江戸琳派の美』、p.72)装飾的に対照的に表現している。

下:四季花鳥図屏風、六曲一双、1854年、「三十六歌仙図」とともに、第3期の代表的な作品とされている。(76)
右隻は春から夏にかけての植物が約二十六種類。左隻は秋から冬にかけての植物が約二十二種類。背景は金地以外には無く、花の種類で季節の移ろいを表してはいるものの、季節感が強く感じられない。それぞれの花は空中に浮いており、自然に深く根ざして咲く花には見えない。其一が創造した装飾的な自然であり、それがこの画のねらいだったのだろう。


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