日本ではロシアの画家はまだあまりよく知られていない。2018-19年には、ロシア美術の殿堂・国立トレチャコフ美術館が所蔵する豊富なコレクションを紹介した「ロマンティック・ロシア展」も開かれたが、私は、その展覧会でも取り上げられたシーシキンを紹介したい。
上は最もよく知られた作品のひとつ「カバの森の中の小川」である。高くそびえる白樺の森の中を、女性が水をくみに行こうとしている。一本一本の白樺、森の中を流れる小川、川のほとりの草花も細かく丁寧に描かれている。白樺の森や林は、日本でもたくさん見られるので、日本的な風景の様な気がして、私が特に好きな作品のひとつである。
2枚目は「カマ川遠望」である。今度は絵の半分が空で、高い空には雲がかかり、一羽の鳥が飛んでいる。森の向こうには大河カマ川と、周辺には森林が広がる。これこそが、壮大なロシアの大地なのだろうか。ところでシーシキンが加わったとされる移動派は、「ロシア初の独立芸術家団体。アレクサンドル2世治下の1870年に設立。・・・チェルヌイシェフスキーの社会主義思想の影響下で農奴制や資本主義を告発する作品を制作した。・・・1880年代に最大の評価を得て20世紀初めまでにロシアの主要美術学校の教職の大半を占めるに到り、1932年以降はソヴィエト社会主義リアリズムの先駆として権威化された。」(Artwords, 松本晴子)シーシキンと移動派は、どのような関係だったのだろうか?
紹介する最後の作品は、これまでの2作品とは異なって、ロシアらしい秋から冬の作品「初雪」である。この絵は、教育目的のwebsiteであるTanais Galleryから掲載した。このサイトでは多くの作品が見られるので、ぜひ訪問していただきたい。画像も拡大できる。
ロシアとは言え、まだ初雪なので、雪は深くなく、多くの木の枝には積もっていない。地上の雪も地面にふんわりと積もっているように見えるが、積もった雪の柔らかさが見事に表現されている。
ところで、シーシキンが参加した移動派が影響を受けた社会主義思想は、歪められた形ではあるとは言え、共産党とロシア革命によって受け継がれ、さらに戦間期のスターリン体制はロシア帝国による弾圧をはるかに上回る千万人を超える人々を虐殺した恐怖政治をもたらした。(私の書評論文「ネイマーク『スターリンのジェノサイド』」を参照)同じロシアの地で、かなり近い時期に生まれた、19世紀後半の一群の優れた芸術作品と、20世紀前半の殺戮の政治体制の関係をどのように理解したらいいのだろうか?
最後に、シーシキンの作品を見るにはどうしたら良いのだろうか。まず、書籍については、Kindle版はあるが解説が中心のドイツ語であり、印刷版は内容がよくわからないのに高すぎて手を出しにくい。安価にシーシキンの作品を見るには、意外にもYou Tubeが便利である。例えば、Ivan Shishkin: A collection of 352 paintings (HD)、Ivan Shishkin: A collection of 172 sketches (HD)。この2つのタイトルからわかるように、シーシキンの作品はとても多い。上記の3作品は、ほんの一部である。