2020年12月2日水曜日

没後70年 吉田博展(2019-21)、図録の紹介

没後70年 吉田博展が開かれている。展覧会のweb siteは、次の様に紹介している。「世界を魅了した日本の木版画があります。洋画家としての素養を持ちながら版画家として新たな境地を切り開いた吉田博(1876~1950年)の木版画です。本展は、吉田博の没後70年にあたる節目に、後半生の大仕事として制作された木版画を一挙公開します。」

私が住む地域の展覧会は、まだ開催されていないが、公式図録を入手したので、さっそく紹介したい。左は表紙で、「剱山の朝」(図録p.46、以下同じ)という作品である。

公式図録の目次は次の通り。「プロローグ、第1章 それはアメリカから始まった、第2章 奇跡の1926年、第3章 特大版への挑戦、第4章 富士を描く、第5章 東京を描く、第6章 親密な景色:人や花鳥へのまなざし、第7章 日本各地の風景I 1926-1930、第8章 印度と東南アジア、第9章 日本各地の風景II 1933-1935、第10章 外地を描く、大陸を描く、第11章 日本各地の風景III 1937-1941、エピローグ」

なお、図録のページ数は256、吉田博の生涯、194の作品、写生帖、版木、資料、略年譜、主要参考文献、作品目録からなる。また、主な箇所は日本語と英語で表記されており、海外の読者も読めるようになっている。

右は「第3章 特大版への挑戦」の代表的な作品、「渓流」(80-1)である。「動く水の面白さに焦点をしぼる」と言う。私の以前のブログで指摘したように、「残念なことに、なぜか画集では半ページで印刷されている」が、本図録では2ページ見開きで掲載されている。ぜひ詳しく見ていただきたい。流れ落ちる⽔と渦巻く⽔が、信じられないような精細さで描かれている。

吉田博は、世界各地で活動しているので、目次の通り世界各地での作品が含まれている。また、交友の範囲も広いので、様々なエピソードがある。図録で紹介されたエピソードのいくつかを紹介しよう。ひとつは、東京裁判日本側のベン・ブルース・ブレイクニ弁護士との交友である。「昭和21(1946)年5月14日に東京裁判でブレイクニ弁護士は「戦争は国際法の法規から合法とされているので犯罪ではない。戦争は国家の行為で個人の行為ではないので、個人の責任を追及し、裁くのは間違いである」と主張した。また「真珠湾攻撃が殺人罪ならば、原爆を投下した者も殺人罪になるのではないか。原子爆弾は明らかにハーグ陸戦条約第4項が禁止する兵器だ」と指摘し原爆を告発した。」(14)詳しくは、私のブログを参照していただきたい。

もうひとつのエピソードが左の作品にある。作品名は「第2章 奇跡の1926年」の「光る海」。(61)この作品の左のページに、「ダイアナ妃と《光る海》の謎」というコラムがあり、ダイアナ妃の執務室の後ろの壁に、「光る海」が掛けられているのがわかる。監修者である、博の孫にあたる吉田司氏は、ダイアナ妃が吉田博の他の作品を購入している経緯から、この作品も同様に購入していた可能性を考察している。

第2章にある「光る海」のすぐ後ろのページに、「帆船」のシリーズがある。(64-68) 吉田司氏は、「③版画の特性を生かし同じ版で色を変え、時間の経過や天候の変化を色違いの別刷りとして制作した(「帆船」シリーズ、cat.nos 40-45)」(196)と述べている。

「帆船」では、帆船が画面の中心にあるが、「光る海」では、画面中央で海面に光が強くあたる様子が描かれている。海面の光の微妙な強弱をどのように表現されたのだろうか。

次は、裏表紙にも掲載された、「第8章 印度と東南アジア」の作品のひとつ、「フワテプールシクリ」(158)である。「イスラム建築の精緻なアラベスクから滲む光とその乱反射を表すために淡い同系色を幾度も摺り重ね、写生を超えた幻惑的な異空間を現出させている。」よく見る多数のイスラム教徒の礼拝ではなく、二人がじっと静かにたたずんでいる様子が印象的である。

インドの作品としては、「タジマハル」や「カンチェンジャンガ」、「ベナレスのガット」など多彩な作品が掲載されている。

最後に紹介する作品は、「第10章 外地を描く、大陸を描く」に掲載された「泰天(奉天?)市場」と「泰天大南門」の2枚(195)である。奉天は満洲の中核都市のひとつ、現在の瀋陽である。満洲は当時の中国で最も重工業が発展していた地域であるが、この2枚からは、その中心都市は賑やかで人々も美しく描かれているが、まだ経済発展がすみずみまで及んでいない様子もうかがえる。

私の以前のブログで、⽇本統治下にあった朝鮮の平壌にある「⼤同⾨」を紹介したが、同じような印象を持った。
これらの作品から、吉田博は、当時日本の影響下にあった地域の、普通の⼈々の⽇常生活を暖かいまなざしで描いているように思う。

最後に、吉田司氏による、「吉田博の木版画の特徴」の主な点を紹介したい。「①従来の版元制(出版元による分業=絵師・彫師・摺師が各工程を分担)と創作版画(画家自ら描き・彫り・摺る)を意識し、第三の道を模索して、自ら版元を兼ね「自摺」と称した私家版を出版した。・・・②これまで誰も作らなかった山桜を使った本格的な風景版画の特大版6点を含む、大判8点の制作に挑戦した。・・・③上記「帆船」の箇所で紹介した通り、④日本の伝統芸術である多色木版画に洋画の視点を加えた。・・・⑤「山と水の画家」とも言われ、山と水の表現に特徴がある。⑥モチーフ(題材)の豊富さに特徴がある。・・・」(196)

以上の紹介はごく一部の作品にすぎないが、この図録は、とても図録とは思えない充実した内容で2,200円、送料を入れても3,064円である。ぜひ入手されて、詳しく見ていただきたい。私は、コロナ対策を心がけながら、これから開催予定の展覧会に図録を持って出かけたいと思う。

追記:これまで私が作成した吉田博についてのブログは以下の通りです。(2021.10.23)