2019年12月29日日曜日

富山県水墨美術館開館20周年記念「墨画×革命 戦後日本画の新たな地平」

図録表紙
富山県水墨美術館開館20周年記念「墨画×革命 戦後日本画の新たな地平」が、2019年11月15日から2020年1月13日)まで開かれている。
「本展では、戦後に制作された墨画的表現を概観し、戦後日本画の中での墨画の性格、水墨画の伝統の受容/変容の状況を、さまざまなアプローチを見せた画家たちの群像により紹介します。」というのが展覧会の目的である。

残念ながら私は行けなかったが、すばらしい作品が多いので、購入した図録で紹介したい。この図録は、小さいながら、3枚見開きが高山辰雄、平川敏夫、下保昭、2枚見開きが横山操、小泉淳、加山又造の各氏の作品で掲載されているので、小ささを感じず十分に楽しむことができる。 

非常に興味深い墨画が多数集められているが、私が特に強く引かれたのは、平川敏夫氏(1924-2006)の次の作品である。それぞれの画像をクリックして、ぜひ拡大して見ていただきたいと思います。
平川敏夫「雪后閑庭」、1985/1990年 豊橋市美術博物館
図全体
所有者の豐橋市美術博物館によれば、「この作品は、昭和60年に右半双を発表したのち、平成2年の平川敏夫展(豊橋市美術博物館)に出品するため、左半双を描いて四曲一双屏風として5年越しで完成しました。」このような事情からか、縦が左右で少し異なるようである。このブログの図は図録を元に作成しているので、厳密には原作の図とやや異なっている。

左半双
何よりも、この光り輝く強い白色をどのようにして生み出したのかを知りたくなる。図録は次のように説明している。
右半双
「白く描きたい(残したい)部分に水溶性ゴムでマスキングをほどこし、その上に墨で描き、乾いた後にはがし取る方法である。従来の水墨画とは異なる方法で、新しい墨の表現を追求し、幽玄な世界を創り上げていった。」(66)

静まりかえった池の周辺で、前面に深く積もった雪が強く輝き、背後の木々が幹と枝を大きく広げている。枝に降り積もった雪か、舞っている粉雪が木々を覆っている。
白と黒の2つの色とそのコントラストだけで、これほど豊かな自然の生命力を繊細に描き出すことができるとは、本当に驚きである。

加山又造「一九八四・東京」、1984年、東京国立近代美術館
展覧会のもうひとつの作品も紹介しよう。加山又造氏のよく知られた作品である。
平川氏と同じような構想ではあるが、対象はビルが建ち並ぶ大都会の東京。「雪后閑庭」と同じように、辺り一帯に雪が降り積もり静まりかえっている。

加山又造「月光波濤」、1979年
今回の展覧会に展示された作品ではないが、あわせて掲げておきたいのは、加山又造氏のこの代表作である。
上の静まりかえった東京とは対照的に、左半双では高い岩にあたって激しく砕け散る波と水面が、月の光を受けて輝き、右半双にはそれを遠くから眺めるような満月、黒を背景にして白という色のみで、躍動する自然の一瞬が描かれている。

加山氏は、自らの手法を次のように説明している。「和紙に胡粉の上澄みを数度引き、エアガン、バイプレーター噴霧機、染色的手法、数種類の明墨の併用、と、現在自由に出来るあらゆる手法技術をぶち込んでみた。」(NIKKEI POCKET GALLERY「加山又造」、作品33の解説)

本ブログで紹介した展覧会「墨画×革命 戦後日本画の新たな地平」は残念ながらもうすぐ終了だが、図録や関連する墨画で、多くの方が墨画への関心が高められるよう願いたい。

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2019年12月6日金曜日

緑ヶ丘美術館 三代 徳田八十吉展

展覧会の案内 おもて
2019年の最後を飾るすばらしい展覧会に行くことができた。

生駒市の緑ヶ丘美術館で、(2019年)9⽉8⽇から12⽉22⽇まで<没後10年>⼈間国宝・三代德⽥⼋⼗吉展が開かれている。緑ヶ丘美術館・開館二周年を記念して開かれたということである。

展覧会では、以下の3つめの画像が示すように、⼈間国宝・三代德⽥⼋⼗吉の多数の作品が展示されている。
生駒市は人口が12万、大阪のベッドタウンとしては便利ではあるが比較的小さな都市で、このようなすばらしい展覧会が開かれるなんて本当に驚きである。

展覧会の案内 うら

「三代徳田⼋⼗吉⽒は、初代⼋⼗吉⽒を祖⽗に、⼆代が⽗という九⾕焼名⾨の家に育ち、⼦供の頃から伝統的な九⾕五彩の⾊絵に囲まれて育ってきました。・・・
時を経て、先代と違う独⾃の表現に⽬覚め、⾊と技法の研究から、ついに「彩釉」(さいゆう)を発案。絵ではない⾊釉の新しい表現を編み出しました。絵付け表現の九⾕焼に全く新しい⾊だけで表現する九⾕焼が発現しました。⽣前、三代⼋⼗吉⽒が「耀彩」(ようさい)と命名した作品が、その完成形です。
⼤胆なグラデーション、オーロラのような光、透き通る「⾊」の宇宙。類稀な情熱が⽣んだ光り輝く「耀彩」の世界。」(美術館Websiteから)

ずっと以前に、私も九谷を訪れ、お土産に九谷焼の絵付けされた湯飲みを買ったことがあった。三代徳田⼋⼗吉の作品はそれとは全く異なっているので、実際に見るのをとても楽しみにしていたが、やはり実物をみてあまりの美しさに圧倒されてしまった。

以下は、展覧された作品の一覧である。主な作品名を示しておこう。
左ページの左上の作品は、会場の入ってすぐの位置にある代表的な作品「耀三彩遊線文壺」、左ページ右上は「碧明耀彩花器」、左ページ3段目右は「彩釉鉢「輪華」」。
右ページ右の上段中央は「耀彩」、右ページ右上は「耀彩大皿「月輪」」中段右は「碧明耀彩曲文壺」である。
以上の代表的な6作品は、いずれも以下で紹介する美術館のカレンダーに掲載されている。

作品一覧、展覧会パンフレットから

















展覧会パンフレット・表紙

以上の作品群はどのようにして創造されたのか?展覧会パンフレットには次のように書かれている。

「通常の九谷焼の工程では、素地を成形し、素焼して施釉のあとに本焼き、それに呉須(下絵の染付)で絵柄の輪郭を描き、その上に厚く絵の具を乗せて、約800度で焼成します。
 しかし、三代八十吉は、絵付け焼成を約1050度という高温で行います。これは、より高温で焼き、ガラス化した釉の中に色彩、輝きを閉じ込めるため。そうして生まれたのが「耀彩(ようさい)」という独特の世界なのです。」(6ページ)
次年度カレンダー

こうしてできあがった三代徳田⼋⼗吉氏の世界を、ぜひ美術館に行かれて、作品にぐっと近づいてご覧いただきたいと思う。日本の中で連綿と受け継がれるブルー:青の世界が、三代徳田⼋⼗吉氏によって、また新たに切り開かれたのを見ることができる。

ちなみに、入場は無料、展覧会パンフレット、右のカレンダーも無料でいただける。まず、作品についての10分ほどのビデオも見ることができる。
さらに、同時にやはり人間国宝の陶芸家藤本能道氏、島岡達三氏の生誕100年記念特別展示まである。
遠くから来ていただいても十分に満足していただける内容だと思います。

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2019年11月18日月曜日

書評:李栄薫編著『反日種族主義』その1(2)

(1)での『反日種族主義』の紹介に続いて、李栄薫氏による「反日種族主義」の説明に進もう。
なお、私はすでに私のWebsiteで書評を掲載している(本文10ページ)ので、詳しくは左をクリックしてお読みください。

李栄薫氏、Share News Japanから
プロローグ 嘘の国」で、李栄薫氏は次のように述べている。長くなるが本書の論点を適切にまとめているので、全文を掲載する。
「この本で争点に挙げるいくつかを列挙します。朝鮮総督府が土地調査事業を通し全国の土地の四〇パーセントを国有地として奪った、という教科書の記述は、でたらめな作り話でした。植民地朝鮮の米を日本が収奪した、という教科書の主張は、無知の所産でした。日帝が戦時期に朝鮮人を労務者として動員し奴隷にした、という主張は、悪意の捏造でした。嘘の行進は日本軍慰安婦問題に至り絶頂に達しました。憲兵と警察が道行く処女を拉致したり、洗濯場の女たちを連行し、慰安所に引っ張って行った、という韓国人一般が持っている通念は、ただの一件もその事例が確認されていない、真っ赤な嘘を土台としたものでした。」(18-19、以下数字は同書ページ数)

では、なぜ日本の統治がもたらした結果について、次々と嘘が生み出されたのかについて説明したのが、「反日種族主義」というイデオロギーなのである。これまで、韓国の反日思想を、すでに紹介したように民族主義とみなす場合が多かったが、李栄薫氏は一歩進めて反日種族主義だと考えている。
「韓国の民族主義は、西洋で勃興した民族主義とは別のものです。韓国の民族主義には、自由で独立的な個人という概念がありません。韓国の民族はそれ自体で一つの集団であり、一つの権威であり、一つの身分です。そのため、むしろ種族と言ったほうが適切です。隣の日本を永遠の仇と捉える敵対感情です。ありとあらゆる嘘が作られ広がるのは、このような集団心性に因るものです。すなわち反日種族主義です。」(24)

韓国において民族的な利益や尊厳とみなされるものが最優先され、それを批判すれば徹底的に批判・弾圧される、異なった立場や見解が認められないという事態はしばしば起こっている。後にも触れるような同書著者に対する曹国(チョ・グク)氏による批判や、著者達に向けられた暴行事件、韓国人として慰安婦について論じた朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』が裁判にかけられるなど、学問的な検討や論議がまともに行われず、政治的に断罪される異常な事態が、以前からしばしば見られる。

李栄薫氏による反日種族主義の検討は、「第17章 反日種族主義の神学」でさらに進められる。氏は、アンドレ・シュミット『帝国のはざまでー朝鮮近代とナショナリズム』(2007年)に依拠して次のように指摘する。「一言で言えば、朝鮮における民族は、親族の拡大形態として受容され、定着しました。」(207)「民族の歴史に対する叙述は、広大な族譜の形式をとるようになりました。シュミットは、韓国人が民族と親族を共通のものとして捉えたのには、地に気脈が流れるという風水地理説が作用した、と指摘しています。」(207)

親族という比較的小規模な血縁関係で結びついた関係が、そのまま多様な特徴を持つはずの民族という集団にまで拡大され、親族の秩序と権威が保たれつつ、構成員にひとつの集団として行動することが求められる。韓国における支配的な思想が、以上のような特徴を持つ反日種族主義であると李栄薫氏は主張している。この新たな特徴付けは、従来の民族主義批判を大胆に一歩進めたとらえ方で、現在の韓国での支配的な思想の特徴を適切に表現していると言えるだろう。

『反日種族主義』の出版に際して、文在寅政権を支えた前法務部長官の曹国(チョ・グク)氏は、「今(8)月5日、自身のフェイスブックでこの本の著者について「附逆(反民族的)・売国親日派という呼称以外に何と呼ぶべきか、私には分からない」と批判した。
ソウル大学教授で、かつ当時は法務部長官候補者であるにもかかわらず、同書の内容について学術的で具体的な批判をいっさい行わず、反民族的・親日的という批判を行うことは、彼が「反日種族主義」であることを如実に示している。
文在寅政権の中心的な人物のこのような批判や、日本製品のボイコットなど、すでに日本を含む先進国では過去の遺物となったものが、韓国では未だに堂々とまかり通っているのは、本当に驚きである。韓国の有力企業がグローバルな企業として世界をリードしているにも関わらず、同時にアナクロニズムが政権を支配しているのである。

こうした事態を前にして、李栄薫編著『反日種族主義』が刊行されたのは、本当に時宜を得た試みとなっている。同書が、韓国と日本両方の多くの人々が読まれることを期待したい。そして、私は、これを契機にして、この著者達の韓国語の専門的な研究が日本語や英語に翻訳され、読まれることを特に希望したい。そして、韓国と日本さらにはアメリカの研究者の学術的な交流が、さらに多くの分野に広がり、それぞれの研究がいちだんと深まることを期待したい。

あわせて以下の私のブログもお読みください。
李榮薫他『反日種族主義』と朱益鍾『大軍の斥候』(1)(2019.9.17)
李榮薫他『反日種族主義』と朱益鍾『大軍の斥候』(2)(2019.9.17)

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書評:李栄薫編著『反日種族主義』その1 落星垈経済研究所の経済学者などによる批判


Amazonから
李栄薫編著『反日種族主義 日韓危機の根源』が刊行された。韓国で刊行された書籍の日本語版である。韓国ではベストセラーになったが、日本語版の刊行は、わずか4か月後である。同書は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権を支える思想と思想家に対する包括的な批判に取り組んでいる。
私はすでに私のWebsiteで書評を掲載している(本文10ページので、上をクリックしてお読みください。このブログは短いので、ぜひあわせて参照していただければ幸いです。


イ・ヨンフン氏はじめ6名の著者、池上彰SP、2020.2.2 
(2020.2.3追補)
目次は以下の通りである。目次の後ろには6名の執筆者を記載している。
日本語版序文、はじめに
プロローグ 嘘の国 李栄薫(イ・ヨンフン)
第1部 種族主義の記憶
1 荒唐無稽『アリラン』 李栄薫、2 片手にピストルを、もう片方に測量器を 李栄薫、
3 食糧を収奪したって? 金洛年(キム・ナクニョン)、4 日本の植民地支配の方式 金洛年、5 「強制動員」の神話 李宇衍(イ・ウヨン)、6 果たして「強制労働」「奴隷労働」だったのか? 李宇衍、7 朝鮮人の賃金差別の虚構性 李宇衍、8 陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか! 鄭安基(チョン・アンギ)、9 もともと請求するものなどなかった――請求権協定の真実 朱益鐘(チュ・イクチョン)、10 厚顔無恥で愚かな韓日会談決死反対 朱益鐘
第2部 種族主義の象徴と幻想
11 白頭山神話の内幕 李栄薫、12 独島、反日種族主義の最高象徴 李栄薫、13 鉄杭神話の真実 金容三、14 旧総督府庁舎の解体――大韓民国の歴史を消す 金容三(キム・ヨンサム)、15 親日清算という詐欺劇 朱益鐘、16 ネバー・エンディング・ストーリー 「賠償!賠償!賠償!」 朱益鐘、17 反日種族主義の神学 李栄薫
第3部 種族主義の牙城、慰安婦
18 我々の中の慰安婦 李栄薫、19 公娼制の成立と文化 李栄薫、20 日本軍慰安婦問題の真実 李栄薫、21 解放後の四十余年間、慰安婦問題は存在しなかった 朱益鐘、22 韓日関係が破綻するまでー挺対協の活動 朱益鐘、エピローグ 反日種族主義の報い 李栄薫
解説 「反日種族主義」が問いかける憂国 久保田るり子
著者プロフィール

著者の主なプロフィール、スペースの都合で書評掲載文よりさらに簡略化した。
李栄薫(イ・ヨンフン)ソウル大において博士学位を受ける。ソウル大経済学部教授退職後は、李承晩学堂の校長。 『韓国の「国史」教科書を書き換えよ 大韓民国の物語』(文藝春秋、2009年刊)などの著書がある。
Amazonから
金洛年(キム・ナクニョン)東京大において日帝下韓国経済史研究で博士学位を受ける。現在、東国大経済学科教授、落星垈経済研究所所長。『植民地期朝鮮の国民経済計算1910-1945』(東京大学出版会、2008年刊)、『日本帝国主義下の朝鮮経済』(東京大学出版会、2002年刊)などの編著・著書がある。
金容三(キム・ヨンサム)朝鮮日報社の『月刊朝鮮』記者となり、現代史を担当。現在、ペン&マイクの記者、李承晩学堂教師。
朱益鍾(チュ・イクチョン)ソウル大において博士学位を受ける。ハーバード大訪問学者と大韓民国歴史博物館学芸研究室長を経て、現在、李承晩学堂教師。『大軍の斥候 韓国経済発展の起源』(日本語翻訳、日本経済評論社、2011年)などの著訳書がある。
鄭安基(チョン・アンギ)京都大において日本経済史研究で博士学位を受ける。学位論文は、「戦前戦時「鐘紡コンツェルン」の研究」(2000年)である。現在、東亜大東アジア研究院特別研究員。
李宇衍(イ・ウヨン)成均館大で博士学位を受ける。ハーバード大訪問研究員、九州大客員教授を歴任。現在、落星垈経済研究所研究委員。「戦時期日本へ労務動員された朝鮮人鉱夫(石炭、金属)の賃金と民族間の格差」(『エネルギー史研究』No.32、九州大学記録資料館産業経済資料部門、2017年)などの論著がある。
以上のプロフィールからわかる重要なことは、ジャーナリストの金容三氏を除く5名の著者は、実証主義的な方法を基礎にする経済史を中心とする経済学者達であるということである。

ここで、著者を含む韓国における、事実を着実に検証する研究者のあゆみを簡単に振り返っておきたい。なお、著者全員が同じ動きをしているではないことは言うまでもない。
1987年に安秉直氏 と李大根氏の二人によって落星臺(落星垈、落星台)硏究室が開設された。その活動の進展とともに、1994年に社團法人落星臺經濟(経済)硏究所 (Naksungdae Institute of Economic Research)と改名された。
2005年には、教科書フォーラムが発足した。教科書は若い世代の思想形成に重要な役割を果たすため、従来の教科書に大幅な改訂を求める必要があると、フォーラムに結集する人々は考えていた。フォーラムの代表者の一人が、ソウル大の李榮薫教授(経済学)で、そのほか顧問に、東京大学でも教鞭をとったソウル大の安秉直(アン・ビョンジク)名誉教授がいる。このフォーラムによって、『代案教科書 韓国近現代史』が2008年に刊行された。
その後、研究所の持続的な活動などとともに、李承晩学堂や李承晩TVなどの開設などもあり、そのまとめのひとつとして本書が刊行されたと思われる。

『反日種族主義』の主な内容紹介は、(2)に続く。

2019年10月15日火曜日

格安スマホも3代目:Asus Zenfone 6を購入

Asus Zenfone 6
格安スマホは以下の様な経緯でついに3代目となり、Asus Zenfone 6を購入した。
1代目:2014年4月に購入し、特に大きな問題なく使っていたスマートフォンAsus Fonepad Note 6が、2016年10月に突然起動しなくなった。使用期間は2年半、結局原因不明のまま。
 詳しくは、スマートフォンが突然起動不能に、その経緯と必要な対策 (2016.10.20)
2代目:やむを得ずAsus Zenfone Maxを購入、2019年9月まで使い続けてきたが、しだいに動きの悪さ、性能不足に陥り、様々な手を尽くしたが、主要なアプリが自由に使えなくなる。使用期間は少し延びて約3年。
3代目:こうしてやむをえず新しい機種に乗り換えることにしたが、格安スマホの選択肢が小さくなっていると感じる。ファーウェイや中国製が抱える情報漏洩問題を考えると、適当な価格ではAsus以外に選択肢無しと言うことで、最新モデルでこれまでよりもかなり高価なAsus Zenfone 6を購入した。OCN モバイルから購入したので、現在(2019.10.15)の価格56,900円(5,000円の割引価格を含まない)より少し安かった。

手続きは簡単だった。
1 MNP予約番号の取得:MNP予約番号電話番号そのままで他社から乗り換えの場合のみ、利用期間が決められているので、素早い手続きが求められる。
2 本人確認書類と支払のためのクレジットカードが必要。

Asus Zenfone 6の特徴を以下にまとめた。
NTT Communications Corporationデータを抜粋
・メインメモリと内蔵ストレージは十分、気持ちよく動作してくれる。
・ディスプレイは6.4インチだが、画面いっぱいに配置されているので、本体サイズは前の機種のAsus Zenfone Maxよりも小さい。
・バッテリー容量が大きく確かに駆動時間は長いが、今のところその大きさの実感はそれほど感じない。私の使い方などに改善の余地があるかもしれない。
・この機種の最大の特色のひとつは、通常時は背面側に収納されたカメラが、インカメラとして使うときにぐるりと回転し、前面に現れる「フリップカメラ」である。カメラの性能は十分なので、これから使い慣れてみたい。

最後に、使用開始にあたっての問題をいくつか指摘ししたい。
右の画像は、左がマニュアル、右下がSIMカード、右上がSIMカードをスマホ本体に挿入する器具(スマホに付属)である。
問題は、
・Asusが提供する説明書があまりにも簡単過ぎること、web上で詳しいpdf版が欲しい。
・通信会社から提供されるSIMの取り出しがかなり難しい、中央の上の空の部分にこのスマホに使うnanoSIMが入っていた。簡単でも良いので、傷つけないように取り出しができる簡単な説明書は付けて欲しい。

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2019年9月17日火曜日

李榮薫他『反日種族主義』と朱益鍾『大軍の斥候』(2)

(1)から続く、以下は『大軍の斥候』書評の各章からの抜粋。「・・・」は同書のページ数。詳しくは詳しくは「書評 朱益鍾『大軍の斥候 韓国経済発展の起源』書評:李栄薫編著『反日種族主義』その2)」私のWebsiteの2019年の論文で参照してください。

(第2章 孕胎)
1930年代の京城紡織
第2章では、京城紡織を率いることになる金氏についての説明から始まる。「蔚山金氏備邊郎公派に属する金氏家は、朝鮮王朝初期以来、全羅南道長城地方に生活基盤をもつ湖南名門家の後裔である。」(35)金氏は、「勤勉さと質素さ、経済動向に対する正確な感覚」(44)で、着実に土地の所有規模を拡大した。
金氏の若い世代、「金性洙と秊洙は、日本留学を通じて近代社会と近代知識を体験、勉強し、近代化という時代の課題を自覚した。しかしそれよりもっと重要なことは、留学生活を通じて当時最高のエリートたちのネットワークを構築したことである。」(60)

(第3章 不安な出発)
1930年代の京紡の役員
ようやく京城紡織が設立される。「創立発起人は1919年5月に創立総会を開催し、同年10月に設立許可を得た。・・・総2万株のうち3,790株を発起人が引き受け、残り1万6,210株は一般から公募した。」(78)
いよいよ朝鮮人主導の本格的な株式会社が創設された。すでに日本では、幅広く株主を求めた多数の株式会社が設立され、その一部が海外にも進出していた。京城紡織はその動きに学んでいたのである。

(第6章 絶頂期へ:1938~1945年まで)
1930年代後半の日本の満洲への本格的な進出にともなって、京城紡織も満洲での事業の拡張を進める。「朝鮮でこれ以上の事業拡張を望めなかった金秊洙が朝鮮の外、満洲で活路を模索し始めたのは当然のことともいえる。その結果物ともいえるのが、1939年12月に京城紡織の出資で設立した資本金1千万円の南満紡績株式会社(以下、南満紡績と略する)である。」(174)

終章
朱益鍾氏は全体のまとめとしてこう書いている。「エッカートは、殖産銀行からの借入れや出資、日本の貿易商からの原料綿糸の供給、日本の紡織会社からの設備導入と技術提供、日本人綿布商を通した製品販売、総督府の干渉による労働争議の解決、日本の満洲進出に伴う満洲進出などを詳細に実証した。京城紡織の日本人企業および総督府との緊密な交流・協力関係を明かしたのは、エッカートの大きな功績である。
しかし、韓国人企業や企業家は日本帝国が養育した存在であるという彼の結論は、取引関係を支援、あるいは依存関係とみる一種の論理飛躍である。」(204)
しかし、朱氏はその関係は一方的ではなく、次の通りであると説明している。「つまり、京城紡織と植民地金融機関、日本人企業の関係は、基本的に前者に対する後者の支援、協力の関係というよりは、一般的な取引関係、すなわちgive-and-takeの相互利益関係であった。」(205)

私も、Japanese Companies in East Asia: History and Prospects: Expanded and Revised Second Editionで詳しく検討しているように、朝鮮人企業と朝鮮総督府、日本企業との関係は、市場経済と市場中心型コーポレート・ガバナンスを基盤にした相互依存関係であり、私の基本的な用語であるCollaborationとAllianceの関係であったと考えている。両者は、市場経済と企業活動の発展について、共通の目標と課題を抱えていた。

終章の最後の節は「優れた学習者:大軍の斥候」と記され、書名の理由を示している。「優れた学習者で成功的な後発者であった日本植民地下の京城紡織は、李光洙が表現したように「後ろに迫る大軍の斥候」であったのである。」(218)

朱益鍾氏の研究は、広範囲で具体的な資料を駆使し、エッカートの研究を朝鮮(韓国)側の立場と役割を明確にさせつつ、いちだんと推し進めたものと言えるだろう。朝鮮・韓国経済史に興味を持たれた方にはぜひとも読んでいただきたい書籍である。

朱益鍾氏も著書の一人である、『反日種族主義』について詳しくは、私の論文書評:李栄薫編著『反日種族主義』その1落星垈経済研究所の経済学者などによる批判」を、2019年の論文でご覧ください。
戦間期朝鮮経済史と反日種族主義批判の最近の動向をまとめた『論文・書評集:戦間期朝鮮経済史と反日種族主義批判』は、以下に掲載しています。新保博彦の日本語版Website TOPページ

左上の写真
写真内の右上:東京留学中の金性洙(左)と金秊洙、左上:1921年の金性洙、左下:1921年の金秊洙(エッカート著の冒頭写真集2ページ目)右上の写真写真内の上:1930年代の永登浦にあった京城紡織株式会社の航空写真、下:1930年代の京紡の役員、後列(左から):金在洙、李康賢、崔斗善、尹柱福、前列(左から)閔ピョンス、玄俊鎬、金秊洙、朴興植(エッカート著の冒頭写真集5ページ目)

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李榮薫他『反日種族主義』と朱益鍾『大軍の斥候』(1)

李榮薫他『反日種族主義』
韓国の文在寅政権による継続的かつ徹底した反日政策に対して、ようやく韓国内の研究者が包括的に批判した著作が刊行された。李榮薫ソウル大学名誉教授らが著した『反日種族主義』(2019年)である。同書には、李榮薫氏とともに、金洛年、金容三、朱益鐘、鄭安基、李宇衍の諸氏が論文を載せている。

『反日種族主義』と李承晩TV
この著作はとても興味深いものの韓国語で書かれているので、日本人の多くは読めない。しかし、李榮薫ら著者達は、その主張が有力メディアが取り上げる機会が少ないので、YouTubeで李承晩TVを開設した。第1回は以下の通りである。日本語字幕も付いているので、とても便利である。
1. 反日種族主義を打破しようシリーズを始めるにあたって

朱益鍾氏はじめ6名の著者、池上彰SP、2020.2.2
(2020.2.3追補)
『反日種族主義』に投稿した研究者の研究
李承晩TVは一般向けに作成されているので、残念ながらその主張の詳しい説明はされていない。また、『反日種族主義』に参加する研究者の研究も、日本語や英語に幅広く翻訳されていない。
翻訳済みあるいは日本語で書かれた主なものは、李榮薫『大韓民国の物語 韓国の「国史」教科書を書き換えよ』(日本語訳、2009年)、金洛年『日本帝国主義下の朝鮮経済』(日本語版、2002年)、朱益鍾『大軍の斥候 韓国経済発展の起源』(日本語訳、2011年)ぐらいである。優れた研究が多いので、今後、日本語訳や英語訳が刊行されることを期待したい。

朱益鍾『大軍の斥候』
これらの中で、私と同じ専門分野を対象にした『大軍の斥候』は、2011年に堀和生監訳・金承美訳で日本経済評論社から刊行された。本ブログでは、2回に分けて同書を紹介したいが、詳しくは「書評 朱益鍾『大軍の斥候 韓国経済発展の起源』書評:李栄薫編著『反日種族主義』その2)」私のWebsiteの2019年の論文で参照してください。

『大軍の斥候』の構成は以下の通りである。
序章、第1章 巨大な新しい波、第2章 孕(よう)胎、第3章 不安な出発、第4章 周辺部において:1920年代、第5章 中心部へ:1930~1937年、第6章 絶頂期へ:1938~1945年、終章
著者の朱益鍾氏の略歴は、日本語版によると以下の通りである。「1960年生まれ、ソウル大学経済学科および同大学院卒業、現在ソウル信用評価情報株式会社信用評価担当取締役理事。経済学博士、専攻は韓国近代経済史、韓国近代産業発達史、企業史。」

この著作の最も重要な特徴は、京城紡織とそれに関連する産業・企業についての具体的な資料が非常に豊富であることである。特に朱氏が企業史研究者であることからわかるように、京城紡織の財務諸表をあらゆる時期について駆使している。また、本文だけではなく、日本語版巻末にも多数の図表が掲載されている。
これらの多数の資料と図表を用いた議論において、朱氏は予断と偏見に基づくイデオロギー的な批判は徹底して避けている。金氏一族や朝鮮人企業家への根拠の曖昧な賛辞や、朝鮮総督府や日本企業への一方的な批判は行わずに、それぞれの資料から得られた結論をそのままわかりやすく述べている。

このような優れた方法によって、『大軍の斥候』はエッカート『日本帝国の申し子』が切り開いた朝鮮・韓国資本主義論に新たな展開を生み出した重要な労作である。『反日種族主義』への関心が高まっている今、改めて専門の研究者だけではなく、一般の多くの人々が読んで欲しい著作である。

各章ごとの紹介は、次回ブログの(2)を参照してください。

エッカートについて詳しくは、私の論文「書評 エッカート『日本帝国の申し子』」を、2020年の論文ご覧ください。

『反日種族主義』について詳しくは、私の論文書評:李栄薫編著『反日種族主義』その1
落星垈経済研究所の経済学者などによる批判」を、2019年の論文でご覧ください。
戦間期朝鮮経済史と反日種族主義批判の最近の動向をまとめた『論文・書評集:戦間期朝鮮経済史と反日種族主義批判』は、以下に掲載しています。新保博彦の日本語版Website TOPページ

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2019年8月22日木曜日

未発見の大作 伊藤若冲「十六羅漢図」

近年、江戸時代の有名な絵師の作品の発見が相次いでいる。しかし、伊藤若冲にはまだ未発見の大作がある。
大阪商工協会∥[ほか]編「臨幸記念名家秘蔵品展覧会図録」、1933年の中に、府立大阪博物場所蔵として、若冲筆「十六羅漢」との記載があり、下記の図(白黒)が掲げられている。しかし、現在のところ、未発見である。海外に流出したのだろうか?
この情報は、太田彩『伊藤若冲 作品集』のコラム「不思議な画面ー枡目描き」、p.137を利用させていただいた。同書の写真はやや小さいので、改めて原書からコピーした。
全体図、八曲一双
十六羅漢とは、「世にとどまって仏法を護持する16人の羅漢(阿羅漢、尊敬を受けるに値する者)。・・・玄奘訳『法住記』に十六羅漢の名が列記され、以後、中国や日本で「十六羅漢像」が盛んに描かれるようになり、敦煌にも五代ごろの壁画がある。」(定方 晟、日本大百科全書)
左の四曲

太田氏の著作に依れば、若冲には、十六羅漢図は他にもあるが、十六羅漢全員が描かれていない。その意味では、若冲の仏教観の理解するためにも、とても重要な作品のひとつであるだろう。

右の四曲
まず、この作品の特徴は、若冲の作品とされる「鳥獣花木図屏風」や、「樹花鳥獣図屏風」と同様に、枡目描きで描かれており、鮮やかな色を多用していることが推測される点である。

ほぼ中央にはお釈迦様が、周囲には十六羅漢がひとつひとつ豊かな表情で、個性を持って描き分けられている。
ただ、十六羅漢の視線は様々な方向を向いているので、ダ・ヴィンチの最後の晩餐の様なひとつのテーマで描かれているのとは異なっているように思われる。

作品の下の部分を中心に、様々な花が咲き乱れている。画面左端には、他の枡目描き作品にも登場する白象が見え、他の動物もいるようだが、残念ながら画像が粗いので確認できない。

なお、この画像には落款が無いようである。「鳥獣花木図屏風」や、「樹花鳥獣図屏風」と同様に、今後も若冲の作品がどうかについての専門的な研究が進められるだろう。
なお、太田彩氏のコラムは、上記2作品についての重要な問題提起も含まれるが、改めて考えてみたい。
ともあれ、この十六羅漢図が早く発見され、公開されることを期待したい。

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2019年8月13日火曜日

甦った鈴木其一の作品を満載、河野元昭『鈴木其一』

鈴木其一の本格的な研究書、河野元昭『鈴木其一』(東京美術、2015年)をぜひおすすめしたい。掲載された作品数は非常に多く、其一の多様な作品を深く味わうことができる。また、其一と同時代の人々、例えば北斎などの作品との共通性なども知ることができる。それを理解するための河野氏の解説は専門的で詳しいが、一部にはかなり難解な部分もあるように思われる。

「其一は、彼が活躍を続けていた幕末の頃、江戸で最も人気のある画家の一人でした。その名声は明治時代に入っても保たれていましたが、やがて忘れ去られていったようです。其一が不死鳥のようによみがえるのは、昭和四十七年(一九七二)のことです。」(同書、はじめに、以下では引用はページ数のみ)

同書は、3つの章から構成されている。
第1章 草書落款時代 文化10年(1813)~天保3年(1832)
第2章 噌々(かいかい)落款の時代 天保4年(1833)~天保14年(1843)
第3章 菁々(せいせい)落款の時代 弘化元年(1844)~安政5年(1858)
なお、彼の師、酒井抱一については、其一とともに、「奈良・大和文華館で酒井抱一展、Houitsu Sakai in Nara」で紹介したことがある。

以下で鈴木其一の代表的な5作品を紹介するが、それら以外にも、「朝顔図屏風」、「群鶴図屏風」、「柳に白鷺図屏風」などのよく紹介される作品も、もちろん掲載されている。








やはりまず掲げるのは、其一の最も有名で特徴的な作品である「夏秋渓流図屏風」(六曲一双)である。同書によれば、第2期の代表的な傑作とされている。(29)
何よりも驚かされるのは、金地を背景として豊かな色彩で覆い尽くされていることである。流れる水は全体が濃い青色で波は金線、山の大部分は緑一色、水辺と水中の岩は黒を中心とした限られた色である。木々は比較的写実的で、右隻には真っ白な百合、左隻には赤く色づいた紅葉がある。全体が非常に写実的であるように見えて、実は深く濃い色で激しく流れる渓流が創造されている。そうした創造が逆に自然の力強い姿を見事に写しているように思われる。
私は、私のWebsiteの英語版のTOPページにこれを背景として使っている。



左:昇竜図、制作年記載無し
「昇竜はお目出たい図様にもかかわらず、この雲は妖雲と呼びたい。・・・いや、幕末バロック(37頁参照)と呼ぶにふさわしい。」(64)
「夏秋渓流図屏風」の色彩豊かな画面とは打って変わって墨一色の濃淡で昇竜を描いている。竜の背景には黒い雲が覆っていて竜の動きを強調している。もうひとつの興味深い其一の作品である。

左:三十六歌仙図、弘化2年(1845)
再びカラフルな作品。「天地の目もあやな配色と蠕動する流水には、其一の個性の一端がよく示されている。」(78)三十六歌仙の衣装のそれぞれが非常に強い色を用いて鮮やかに、またその表情も丁寧に描き分けられている。
そして、やはり琳派に独特の青色の流水が様々な扇とともに背景を作っている。

左:向日葵、制作年記載無し
背景はすべて捨象され、一本のみの向日葵が描かれている。花の部分は徹底して写実的に、植物図鑑のように描かれているが、「葉は淡墨に緑青をたらし込み、金泥で葉脈を描いて」(『江戸琳派の美』、p.72)装飾的に対照的に表現している。

下:四季花鳥図屏風、六曲一双、1854年、「三十六歌仙図」とともに、第3期の代表的な作品とされている。(76)
右隻は春から夏にかけての植物が約二十六種類。左隻は秋から冬にかけての植物が約二十二種類。背景は金地以外には無く、花の種類で季節の移ろいを表してはいるものの、季節感が強く感じられない。それぞれの花は空中に浮いており、自然に深く根ざして咲く花には見えない。其一が創造した装飾的な自然であり、それがこの画のねらいだったのだろう。


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2019年8月3日土曜日

「東京裁判」4K版、今日から公開

読売新聞、8月2日夕刊
以下は、読売新聞8月2日夕刊の記事である。
「対米英開戦時の首相、東条英機らA級戦犯の法廷での言動を生々しくとらえたドキュメンタリー映画「東京裁判」(初公開1983年)の4Kデジタルリマスター版が今月公開される。」

関東では今日から上映される映画館もあるが、関西では読売新聞によれば、大阪のシネ・ヌーヴォ、京都シネマ、神戸・元町映画館で10日から公開とのことである。

ところで、私のブログでは「東京裁判」を、主題として2回取り上げた。ぜひご参照ください。
DVD 東京裁判をもう一度紹介します」(2018年8月16日木曜日)
DVD「東京裁判」を改めて見直す」(2012年8月16日木曜日)

『戦争裁判余録』から
なお、そのブログでは、被告人弁護団のベン・ブルース・ブレークニー(Ben Bruce Blakeney, 1908年-1963年3月4日)弁護人と、ファーネス弁護人の弁護の内容を、東京裁判の本質と、アメリカの民主主義の強さを表すものとして詳しく紹介している。

上記の読売新聞は、米国人弁護人について、次のように紹介している。「彼らは「勝者による敗者の裁判は不公正」だと指摘。真珠湾攻撃を殺人罪で裁くなら広島への原爆投下を命じた者の名前も挙げると迫っている。」

この夏休みとお盆の期間に、多くの方がこの4K版をぜひ見ていただきたいと思う。

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2019年8月2日金曜日

今の香港を理解するのに必須:遊川和郎『香港 返還20年の相克』(2)

(1)から続く

第5章 迷走する民主化と軽量化する行政長官
Wikipedia. 2014年香港反政府デモ
2 雨傘運動とその後」では、「2014年6月10日、中国政府は『香港白書』を発表した。・・・同白書は、「1997年の返還以来、香港の民主的な政治制度は安定、発展してきた」と現状を肯定するとともに、「香港の『高度な自治権』は固有なものではない、中国中央指導部の承認によって与えられるものだ」と高圧的に民主派の動きをけん制した。」(166)ことが明らかにされる。
 この白書を背景にして、2014年に中国全人代常務委員会から「8.31決定」が出された。それは、「これまで1200名の選挙委員による投票を18歳以上の全ての香港市民(約500万人)に拡大する一方、立候補者は指名委員会の半数以上の同意を必要とすることとし、事実上民主派からの立候補を排除した。確かに「1人1票」の選挙権は認められたものの、被選挙権は中国側がコントロール可能ということである。」(167)
 この決定に対して、9月には香港の学生達は、催涙弾から身を防ぐために雨傘を使って抗議と反対の意思表示を行った。これがいわゆる雨傘運動であった。「実際に運動を指揮した学生団体のリーダーが「學民思潮 Scholarism」の黃之鋒 Joshua Wong(Facebookのページにリンクしています)と香港学生聯盟(学聯)代表の周永康だった。」(168)しかし、学生達の占拠を伴う運動は具体的な成果を得られないまま終結した。

第6章 劣化する国際経済都市
 第6章では、再び経済に焦点が合わされる。まず、「1 老化する財閥」では、30年一日の財閥ランキングが表6-1、表6-2の対比で示される。「2 都市間競争での劣後」では、香港と上海が比較される。
 興味深いのは、香港を都市国家、あるいは人口数百万人規模で1人あたりのGDPが1万ドルを超える経済体との比較した、「世界のスモール・オープン・エコノミー」(208-)である。貿易や金融での優位を活用している国、あるいはハイテク産業への特化を進めている国などの事例が紹介されている。香港がどれを採用できるか、今は明らかではないが、中国への依存を弱め、より自立した経済を構築しようとすれば、この点を明らかにしていく必要があるだろう。

終 章 竜宮城のリニューアル
 終章の最後の小節:「休養生息」(立ち止まって考える)で、遊川氏は本書を次のように締めくくっている。「「一国二制度」や「50年不変」が返還交渉当時、国際社会にも受け入れられた背景には、改革開放に乗り出したばかりの中国自身が50年の聞には変わっているだろうという現実的な期待があった。すなわち2047年までの50年は中国に対して与えられた猶予期間でもある。これまでの20年問、中国は目覚ましい経済発展を実現したが、体制維持の窮屈さは逆に増していることが問題である。最終的には「一国二制度」の「一国」のあり方が問われている。」(222)
 しかしながら、この終章は、中国「一国」がどうなるかという問題とともに重要な、もうひとつの香港自体の将来像にはあまり明確には触れていない。香港の経済的・政治的自立のためには何が必要かについて、独立派を含む民主派が具体的な政策を立案できるかどうかが問われていると思われるが、遊川氏もこの点について詳しく触れていただきたかった。

 最後に、香港の現状を包括的に検討した本書はその欠落を埋める重要な著作で、本書を通じてひとりでも多くの読者が、現在の香港の経済的・政治的な動きと今後の可能性について考える機会になることを、改めて期待したい。

なお、(1)で紹介した、私のWebsiteに掲載した書評では、2 補論:香港の金融市場と企業を付けた。そこでは、香港の金融市場と主要な企業の特徴を見ると、香港での民主化への、若い世代を中心とする幅広い人々による活発な動きにもかかわらず、経済と政治の両面での、香港の中国からの自立と民主化への道筋はなお大きな困難があることも指摘した。

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今の香港を理解するのに必須:遊川和郎『香港 返還20年の相克』(1)

2019年の後半に入って、香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に対する香港の人々の反対運動はいちだんと拡がってきた。一方でマフィア組織「三合会」などによる反対運動への襲撃もあり、対立は深刻になってきた。
 こうした香港の現状について包括的に明らかにする研究も、ようやく少しずつ増えてきた。遊川和郎『香港 返還20年の相克』は、香港の歴史と現在、経済と政治、現在の民主化運動などの基本的な問題を、多様な資料にもとづきわかりやすく理解することができる最も適切な書籍のひとつである。

この書籍は2017年6月に刊行された。目次は、以下の通りである。
序 章 愛される都市
第1章 香港返還前史
第2章 共存共栄関係の終焉
第3章 形骸化する一国二制度
第4章 累積した経済政策の誤り
第5章 迷走する民主化と軽量化する行政長官
第6章 劣化する国際経済都市
終 章 竜宮城のリニューアル
 本書には、本文中に多くの図表と写真、巻末には注と主要参考文献が付き、さらに巻末には、詳細な年表、香港人の意識についての調査結果なども付属していて、具体的なデータに基づいて、本書の理解を深めることができる。できれば、最重要な項目でも良かったので索引が欲しかった。それがあれば本書のキーワードがさらに深く理解できたろうと思われる。ただし、この著作にはKindle版があるので、とりあえずそれを使うことができる。

本ブログの書評は、私のWebsiteに掲載した書評を簡略化したものです。ここをクリックしていただくと、書評全体と読むことができます。(本文8ページ)

以下では各章の順序に従って紹介したい。
第2章 共存共栄関係の終焉
 第2章では、香港の経済的な発展の要因(41、数字は本書のページ数)とその役割の低下(47)がまとめられている。まず、「2 香港はなぜ発展したのか」では、簡潔に香港の発展要因をまとめている。
 「①東アジアの中心という地理的な優位性(ハブとしての立地、アジアの主要都市に4時間以内でアクセス可能)、②喫水が12-27メートルという天然の良港という2つの所与の条件に、③レッセフェール(自由放任)と英国流の統治、④現地の人達の「もっと稼ぎたい」という旺盛な経済意欲、⑤さらに1980年代以降は中国の改革開放によって隣接する広東省と一体化しながら発展を加速させ、植民地にもかかわらず目覚ましい発展を遂げたと言える。」(41)
 しかし、強力な国家政策で改革開放を進める中国の発展の過程で、「中国の成長に伴う香港の役割低下」(47)が始まった。「香港のGDPの対中国比は1994年をピーク(香港が中国の24.2%)に低下し始め、2000年には中国の14.3%、2010年にはわずか3.8%、2015年2.9%と見る見るうちに小さくなった。」(47)

第3章 形骸化する一国二制度
 このような香港における中国経済と企業の役割の増大は、当然のこととして中国からの政治的な支配の強化をもたらそうという動きを強める。
 「本来「伝家の宝万」であるべき中国による司法解釈は都合よく行われるようになり、2016年までに5回行われた。」
  そして、最も重要な5回目が2016年11月の立法会で議員が行った故意の宣警の有効性、議員資格についてであった。最初の立法会選挙で選管に出馬を阻まれた1人は、本土民主前線 Hong Kong Indigenous梁天琦 Edward Leungで、選挙後に議員資格を奪われたのが、本土派の新政党青年新政 – Youngspirationから初当選した游蕙禎 Yau Wai Ching梁頌恆 Baggio Leungだった。(それぞれのFacebookのページにリンクしています)こうして、本土派などの立法会への進出はできなかったが、香港の独立を視野に入れる明確な主張を盛り込んだ若い世代の登場が明らかになった。

以下の各章については、このブログの(2)を参照してください。

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2019年6月25日火曜日

中之島の街事情マガジン『島民』は情報満載

2019年春号表紙
中之島の「街事情」マガジン『島民』は、「「(中之島)島民」にとって切実かつ有意義な情報を、コンスタントに提供することで、「島で生活をしている」という愛着をもっと高めてもらうことが狙いです。」
すでに2019年6月号(夏号)の130号まで刊行されている。ページ数も129号では15ページもあり、中之島に関する情報が満載である。128号までは『月刊島民』だったが、2019年から年4回になりタイトルも『島民』となった。
ナカノシマ大学のページでバックナンバーを読むことができる。

以下では、私の個人的な思い出を含め、中之島というかなり狭い空間に密集している貴重な施設・建物を紹介したいくつかの『島民』を紹介したい。

「春号 Vol.129、ミュージアムトピックス、2019年4月1日発行」と、Vol.125(2018年12月1日発行)、大阪中之島美術館コレクション」
の2つの号では、3月末にいよいよ建設工事が始まり、2021年度に開館予定の大阪中之島美術館の紹介がある。

所蔵作品の多さや斬新な建物などから、新たな中之島のシンボルになるに違いない。
「島民」Vol.125では、佐伯祐三「煉瓦焼」、小出楢重「菊花」、アメデオ・モディリアーニ「髪をほどいた横たわる裸婦」などが紹介されている。
上記建物の画像は、美術手帖HPから

「月刊島民」122号p.3
「Vol.122(2018年9月1日発行)、大阪市中央公会堂」
「島民」Vol.122は、「中央公会堂の建築としての魅力は、なんと言ってもそのわかりやすくシンボリックなデザインにある。」と紹介している。
1999年から保存・再生工事が始まり、2018年に開館100周年を迎えた。

今では多くの人の活動と憩いの場となっているが、私にとっては保存と再生工事が始まる前に、ここで博士号を授与された懐かしい建物である。

堂島米市の図(浪花名所図会)、JPX, HPから
「Vol.103(2017年2月1日発行)、堂島より愛をコメて。」
『島民』Vol.103には、江戸時代の堂島の米取引が詳しく描かれている。堂島では、通常の米の現物取引だけではなく、「「帳合米」と呼ばれる先物取引」が行われていた。それは、「架空の米(帳簿上だけで売買が記録される米)の取引を行い、将来的に決済が行われる」。

今日の金融市場では一般的になった先物取引を行う堂島米会所は、世界に先駆けて1730年に公認された。
なお、東京証券取引所にも、堂島米市場— 世界における先物取引所の先駆け —」の紹介がある。

大阪府立図書館HPから
「Vol.82(2015年5月1日発行)、中之島図書館はすごかった。」
大阪には、中之島と中央の二つから成る大阪府立図書館があり、所蔵する図書は非常に充実している。
その紹介を行ったのが『島民』Vol.82なのだが、残念ながらリニューアル完成前の刊行なので、ぜひ新しい号の刊行を期待したい。

リニューアルによって、歴史的な建造物のひとつとして甦ってとても美しくなり、さらに図書館として使いやすくなった。
私の退職後の研究活動を支えてくれているのは、中央図書館とともにこの中之島図書館である。

中之島には、以上の施設以外にも多くの歴史的な施設がある。『島民』を片手にぜひ歩いていただきたい。もちろんカフェやレストランもどんどん増えており、時間をかけてゆっくりと巡っていただきたいと思う。

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2019年5月21日火曜日

ハウステンボス、今はバラ祭の真っ最中

ハウステンボスに行ってきました。アジア最大級、日本一のバラの街、バラ祭が6月2日まで開かれ、2000品種、130万本という途方もない数のバラが咲き誇っている。ハウステンボスのwebsiteはとても充実しているので、主な写真はぜひそれらを見ていただきたい。
なお、これが終わると、次は日本最多1250品種が咲き誇る「あじさい祭」になるという。

バラは園内だけではなく、ハウステンボス内ホテルの至るところに飾られている。ロビーに広がるフラワーアート「薔薇のホテル」と呼ばれている。
以下は、ホテルヨーロッパ内の写真のいくつかである。左の1枚は、ロビーに入ったすぐのところで写したもので、向こうは朝食やコンサートの会場である。

右は、ロビーからの通路に置かれたものだが、バラの花がボール状にいくつも組み立てられている。ぜひクリックして拡大して見ていただきたい。

ところで、ハウステンボスには、若者向けのいろいろなアトラクションだけではなく、4つの美術館がある。最も中心となるのは、オランダの宮殿を忠実に再現したハウステンボス美術館で、6月24日までは「アール・ヌーヴォーの華 ミュシャ展」が開かれ、世界最多約500点の作品を展示されている。
なお、この美術館の近くにもバラ園があり、中心部から離れているので、ゆっくりとバラの香りを楽しみながら回ることができる。

私が、バラ園の規模と同様に驚かされたのは、ポルセレインミュージアムである。約3,000点の磁器が展示されているそうだが、圧巻としか言いようがない。
展示されているのは、内外から集められた伊万里の磁器だが、このミュージアムのみを目的に、遠方から来ても良いと思えるほどの展示だった。

展示室の規模はそれほど大きくないので、3000点なのだから、展示室の隅々まで磁器が置かれているのだろう。右は、入ってすぐの部屋に飾られている大きな磁器で、カメラには入りきらなかった。

下の写真は、観覧車から見たハウステンボスを写しているが、大村湾が一望できる。この壮大な風景もとてもすばらしく、ハウステンボスからの遊覧クルーズがあるようだが、残念ながら乗る機会は無かった。

ところで、日経新聞 (2019年5月15日)「ハウステンボス、営業2割減益 訪日客が低迷 18年10月~19年3月」によれば、「団体で訪れる訪日外国人客(インバウンド)などが低迷し、入場者数は7%減の130万4000人にとどまった。」と言う。
これほど多様な楽しむ機会を与えてくれる、ハウステンボスの経営が低迷していることはとても残念。上場の実現と統合型リゾート(IR)誘致がめざされているようだが、ぜひとも成功して欲しい。

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