2022年初頭 、ウクライナを巡る動きがいちだんと緊迫している。北京オリンピック開催期間中であるにもかかわらず、ロシアの軍隊がウクライナ国境全域に配置され、侵攻する可能性が高まっている。論文「ウクライナ危機、2022年初頭」(論文掲載のweb pageに移動します、また論文末にはロシア・ウクライナ年表があります)は、ロシアのウクライナへの侵攻の動きを、歴史的な両国関係と、ヨーロッパ経済と政治の変化に対する、ロシアの軍事的対応として捉える。以下は論文の簡単な紹介です。
1 ウクライナ危機、現状と歴史ロイター社の「「緊迫するロシアとウクライナ」 によれば、米戦略国際問題研究所(CSIS)のセス・ジョーンズ、フィリップ・ワシエレフスキー は、ロシアによるウクライナへの攻撃が、1)東部からの攻撃、2)西部まで侵攻し全面占領(左の図)、3)制海権の確保を、想定していると伝えている。
ウクライナはロシア(旧ソ連)の抑圧と支配を受けてきた。ソ連の重要な構成国であり、穀倉地帯のウクライナで、1932-33年にはロシアによる農業集団化と農産物輸出を優先する政策によって大規模な飢饉が引き起こされた。黒川祐次『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』は、「この飢饉によりウクライナ共和国では三五〇万人が餓死し、出生率の低下を含めた人口の減少は五〇〇万人におよび、その他北カフカス在住のウクライナ人約一〇〇万人が死んだとしている。」と指摘している。
ようやく、1991年にソ連が解体、ウクライナが独立し、2004年には、大統領選挙の不正に対する抗議とその後の政治的な改革をめざす運動である「オレンジ革命」が起こり、ヨーロッパで進む経済・政治統合への動きに呼応する動きがウクライナで活発になる。
2 ロシアの「勢力圏」と、資源支配の戦略
小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』は、ロシアが「大国=「主権国家」を中心とするヒエラルキーの及ぶ範囲が勢力圏である」と見なしていると指摘しているが、要するに、ロシアの侵攻計画は、歴史を後戻りさせて、解体したソ連邦の支配を維持・復活させる戦略である。
左の表の通り(クリックして拡大して見てください)、ロシアは経済的に見れば、原油・天然ガスの輸出国で、その輸出が経済を支えている。この状態はかなり以前から続いており 、原油・天然ガスという重要なエネルギー製品と、強大な軍事力を武器に、「勢力圏」を拡大しようとしている。このような中・東欧諸国のEUとNATOへの加盟の動きは、ロシアの国境に迫っており、ロシアの危機感は強まっている。しかし、それらへの加盟の動きは中・東欧諸国自身の意思と選択によるものであり、自由で民主主義的な経済・政治制度の優位がもたらした結果であり、ロシアがそれを押しとどめる権限は無い。
4 ウクライナの貿易、原子力産業
ウクライナの貿易で、重要なのは地域別構成で、ロシアの比重が輸出入とも10%前後で高くない。もはや、ウクライナにとってロシアは経済的に依存している国ではなくなりつつある。また、ウクライナにおける原子力産業で、ロシア離れの動きが強まっている。現在、ウクライナでは、4か所15基の原発が稼働している。 ロシアとの対立が深まる過程で、ウクライナでは、ロシアの天然ガスパイプラインへの依存を減らすために、チェルノブイリ事故があったにもかかわらず、原子力への依存が高まっている。原子力産業において、ウクライナは長くロシア製に依存していたが、機器・設備や燃料をロシア製からアメリカ製などへの切り替えが進められつつある。
おわりに:ウクライナ危機と台湾危機
ソ連の解体は、ヨーロッパに大きな変化をもたらした。EUとNATOはソ連の影響下にあった中・東欧諸国で拡大を続け、自由な経済システムと民主主義的な政治制度が、それらの国々に受け入れられた。ロシアのウクライナ侵攻計画は、その動きを止めようとする、ロシアの軍事力にのみ依存した強い抵抗である。EUとNATO、米英が侵攻計画を阻止し、政治的に解決できるかどうかは、ヨーロッパの将来に大きな影響を与えるだろう。
ロシアの軍事拡大戦略ともに、アジアと世界を戦争の危機に直面させているのが、中国による台湾への侵攻計画である。ロシアの侵攻計画がどのような結果をもたらすかは、中国の軍事拡大戦略による台湾危機にも大きな影響をもたらすだろう。