2022年2月17日木曜日

「ウクライナ危機、2022年初頭」をHPに掲載しました。

2022年初頭 、ウクライナを巡る動きがいちだんと緊迫している。北京オリンピック開催期間中であるにもかかわらず、ロシアの軍隊がウクライナ国境全域に配置され、侵攻する可能性が高まっている。論文「ウクライナ危機、2022年初頭」(論文掲載のweb pageに移動します、また論文末にはロシア・ウクライナ年表があります)は、ロシアのウクライナへの侵攻の動きを、歴史的な両国関係と、ヨーロッパ経済と政治の変化に対する、ロシアの軍事的対応として捉える。以下は論文の簡単な紹介です。

1 ウクライナ危機、現状と歴史

ロイター社の「「緊迫するロシアとウクライナ」 によれば、米戦略国際問題研究所(CSIS)のセス・ジョーンズ、フィリップ・ワシエレフスキー は、ロシアによるウクライナへの攻撃が、1)東部からの攻撃、2)西部まで侵攻し全面占領(左の図)、3)制海権の確保を、想定していると伝えている。

ウクライナはロシア(旧ソ連)の抑圧と支配を受けてきた。ソ連の重要な構成国であり、穀倉地帯のウクライナで、1932-33年にはロシアによる農業集団化と農産物輸出を優先する政策によって大規模な飢饉が引き起こされた。黒川祐次『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』は、「この飢饉によりウクライナ共和国では三五〇万人が餓死し、出生率の低下を含めた人口の減少は五〇〇万人におよび、その他北カフカス在住のウクライナ人約一〇〇万人が死んだとしている。」と指摘している。

ようやく、1991年にソ連が解体、ウクライナが独立し、2004年には、大統領選挙の不正に対する抗議とその後の政治的な改革をめざす運動である「オレンジ革命」が起こり、ヨーロッパで進む経済・政治統合への動きに呼応する動きがウクライナで活発になる。

2 ロシアの「勢力圏」と、資源支配の戦略

小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』は、ロシアが「大国=「主権国家」を中心とするヒエラルキーの及ぶ範囲が勢力圏である」と見なしていると指摘しているが、要するに、ロシアの侵攻計画は、歴史を後戻りさせて、解体したソ連邦の支配を維持・復活させる戦略である。

左の表の通り(クリックして拡大して見てください)、ロシアは経済的に見れば、原油・天然ガスの輸出国で、その輸出が経済を支えている。この状態はかなり以前から続いており 、原油・天然ガスという重要なエネルギー製品と、強大な軍事力を武器に、「勢力圏」を拡大しようとしている。


3 中・東欧におけるEUとNATO

EUとNATOの中・東ヨーロッパへの展開については、右の表の通りである。EUへは第5次拡大を契機に中・東欧に拡大が続き、さらにアルバニア他3か国が加盟候補国となっている。NATOについては、1999年のハンガリー、ポーランド、チェコ(チェコスロバキア)から2020年の北マケドニア(マケドニア)へと拡大が続いている。

このような中・東欧諸国のEUとNATOへの加盟の動きは、ロシアの国境に迫っており、ロシアの危機感は強まっている。しかし、それらへの加盟の動きは中・東欧諸国自身の意思と選択によるものであり、自由で民主主義的な経済・政治制度の優位がもたらした結果であり、ロシアがそれを押しとどめる権限は無い。

4 ウクライナの貿易、原子力産業

ウクライナの貿易で、重要なのは地域別構成で、ロシアの比重が輸出入とも10%前後で高くない。もはや、ウクライナにとってロシアは経済的に依存している国ではなくなりつつある。

また、ウクライナにおける原子力産業で、ロシア離れの動きが強まっている。現在、ウクライナでは、4か所15基の原発が稼働している。 ロシアとの対立が深まる過程で、ウクライナでは、ロシアの天然ガスパイプラインへの依存を減らすために、チェルノブイリ事故があったにもかかわらず、原子力への依存が高まっている。原子力産業において、ウクライナは長くロシア製に依存していたが、機器・設備や燃料をロシア製からアメリカ製などへの切り替えが進められつつある。

おわりに:ウクライナ危機と台湾危機  

ソ連の解体は、ヨーロッパに大きな変化をもたらした。EUとNATOはソ連の影響下にあった中・東欧諸国で拡大を続け、自由な経済システムと民主主義的な政治制度が、それらの国々に受け入れられた。ロシアのウクライナ侵攻計画は、その動きを止めようとする、ロシアの軍事力にのみ依存した強い抵抗である。EUとNATO、米英が侵攻計画を阻止し、政治的に解決できるかどうかは、ヨーロッパの将来に大きな影響を与えるだろう。

ロシアの軍事拡大戦略ともに、アジアと世界を戦争の危機に直面させているのが、中国による台湾への侵攻計画である。ロシアの侵攻計画がどのような結果をもたらすかは、中国の軍事拡大戦略による台湾危機にも大きな影響をもたらすだろう。


2022年2月6日日曜日

苔の庭に着目:烏賀陽 百合, 野口 さとこ『美しい苔の庭』

YouTubeでの新保博彦のチャンネルを開設しました。再訪問(2023.5.2)した西芳寺の動画「禅と苔の寺 西芳寺 Saihojiを公開中です。

日本には苔が美しい庭がどこにもある。そこに注目した、烏賀陽 百合 (著), 野口 さとこ (写真)『美しい苔の庭ー京都の庭園デザイナーがめぐる』(エクスナレッジ、2021年)を紹介したい。以下は、同書が掲載した、いくつかの代表的な庭園である。

まず、この本に最初に紹介されているのが、円通院(宮城県宮城郡松島町)、臨済宗妙心寺派の寺院。(本文4-5ページの写真、以下括弧内の数字は該当ページ)

「境内にある四つの庭の一つ、西洋式のバラ園「白華峰西洋の庭」にちなんだバラ寺の名称で親しまれてきたが、近年は苔寺としても知られている。」(96)

この書籍は、地方の寺院にも注目している。

そして、苔寺として知られ、百二十種を超える苔が境内一面を覆っている西芳寺、臨済宗単立寺院。

「西芳寺の庭は山の上の枯山水庭園と、下の池泉回遊式庭園の二つに分けられる。今では苔寺として有名だが、当時は白砂の庭だった。・・・夢窓国師が目指した「極楽浄土」の世界は、何百年もの間に苔むしたことで完成された。」(14-5,16)
我が国には、豪華絢爛の極楽浄土を望む人々ともに、苔の庭に極楽浄土を見る人々がいる。

漢陽寺(山口県周南市)、臨済宗南禅寺派の寺院。
「一九七〇年に作庭された「曲水の庭」は、平安貴族が和歌を詠んで楽しんだ 「曲水の宴」を表現した庭。枯山水の庭と水の流れを融合させた、ユニークな禅の庭だ。・・・ この水を庭に流すという斬新なアイデアによって「水音が聞こえる枯山「水」という新しいスタイルの庭が完成した。」(105,107)

風景を見るときに、音は欠かせない。海と波の音、森と風の音などなど。

瑠璃光院(京都市左京区)、浄土真宗東本願寺派の寺院。
上の3つの寺院はすべて臨済宗、禅寺の庭。瑠璃光院は浄土真宗だが、寺での写経などの宗教活動と、美しい寺を眺めることが一体となっていると言う点では同じ。

「瑠璃の庭を臨む書院二階の「机もみじ」が有名。鏡のように写経机に反射するもみじの光景は幻想的。」(50)右の画像は2枚、それぞれの上段が庭、下段が机に写っている庭。
「瑠璃とはラピスラズリのこと。年に数回、苔の露が朝陽で照らされ、瑠璃色に輝くことがあるそうだ。その景色がまるで「瑠璃の浄土」の様に美しいことから、この名が付けられた。」(46)

アマン京都
以上すべてが寺院の庭だったが、最後はホテルの庭。ホテルでは景観とともに庭がとても大切なおもてなしになっている。アマンは世界的なラグジュアリーホテルチェーンで、アマン京都は日本にあるそのうちのひとつ。

「国内では3軒目となるアマンのホテルで、2019年に開業した。設計は、ケリー・ヒル アーキテクツ。山を含めると約32万平方メートルという広大な敷地を有し、庭園は前オーナーの西陣織の機屋が織物美術館の建設を目指して、半世紀以上かけて作り上げてきた庭園を造園会社と共に引き継いだ。」(148, 153)

この書籍は、本文158ページ。見開き2ページのものも含め多数の美しい写真が掲載されて、1,600円。ぜひ多くの方に見てほしい本である。