2022年3月29日火曜日

論文「制裁で打撃を受けるロシア有力企業とオリガルヒ」をHPに掲載しました。(1)

 論文制裁で打撃を受けるロシア有力企業とオリガルヒ:先進国に依存するロシア企業とオリガルヒ」をHPに掲載しました。以下は、2回に分けた、その要約です。なお、前の論文「プーチン政権と一体化するロシア国有企業群:ウクライナ侵攻の背景」もあわせて参照していただければ幸いです。2つの論文もあわせてご参照ください。

1 制裁で打撃を受けるロシアの有力企業

本論文では、ForbesのGLOBAL 2000 How The World's Biggest Public Companies Endured The Pandemicを利用して、表1を作成し、改めてロシア有力企業の基本的な特徴をまとめ、さらにロシアのウクライナ侵攻に対して先進民主主義諸国からの制裁が、これらの企業群にどのように影響しているかについて見た。

第1に、Forbesの調査におけるロシア企業は、2000社のうちわずかに24社に過ぎない。第2に、産業別に見ると、Oil & Gas Operations(石油・天然ガス事業)や、Materials(素材、製鉄を含む)などに、産業別に大きな偏りが見られる。第3に、売上高基準で作成された諸表を参照すると、掲載されている各年20社に大きな変更は無い。

第4に、本論文で改めて強く指摘する重要な特徴は、ロシア有力企業上位15社のうち13社がロンドン証券市場に上場していることである。これらの企業の発展のためには、モスクワ証券市場だけではなく、ロンドン市場で巨額の資金を幅広く受け入れる必要があった。しかし、侵攻直後に大幅な下落に見舞われ、その後しばらく、ロシア企業の株式は取引が停止された。表1は、各企業の52 week range (Price (USD))を表示した。この価格を見れば、ロシア有力企業の株式が、一時は侵攻の結果として、ほぼすべての企業で0ドル寸前まで下落する、信じがたい暴落であったことがわかる。

第5に、株式公開企業と非公開企業を含め、ロシアの主力企業の多くが国有企業であり、国有企業でない場合も、国有企業の民営化の過程で、特定の経営者や彼らの投資会社が株式の多数を所有している例が多い。

2 ロシアが依存する外資系企業

2節は、ロシアに進出している外資系企業について考察する。Forbesは、「ロシアで最大の外国企業50社—2019年 フォーブスの評価」 と題する調査を発表した。本論文は多くの補足も含まれたジェトロ 翻訳版に基づいて、表2にまとめ紹介したい。

この調査は、金融機関以外の「外国資本比率50%超の企業」を対象にしていて、現地資本と提携する資源開発関連企業などが含まれていないと推測される。

国別では、米国1兆3327億ルーブル、ドイツ1兆1384億ルーブル、フランス9589億ルーブル、日本9053億ルーブルが4大国で、やや金額が少なくなって韓国、英国、スウェーデン、スイス、英国・オランダ、中国と続く。産業別では、自動車が1兆8438億ルーブルと突出して多く、小売り1兆1824億ルーブル、食品8581億ルーブル、たばこ8354億ルーブルが、自動車に続く。以上のようにこの調査に含まれている企業の多くは国民生活に直結するような産業ばかりである。

以上から、ロシアが先進国経済と企業に全般的に依存していることは明らかである。このような条件の下で、先進民主主義国のロシアに対する制裁は、次第にロシア企業と経済全体の成長を止めるだろう。

3節とおわりには次のブログで:


論文「制裁で打撃を受けるロシア有力企業とオリガルヒ」をHPに掲載しました。(2)

本ブログは、論文「制裁で打撃を受けるロシア有力企業とオリガルヒ」を紹介する前回のブログに続きます。論文は、HPに掲載しています。ご参照ください。

3 有力企業とともに資産が激減するオリガルヒ
3節は、Forbes, Forbes WORLD'S BILLIONAIRES LIST, The Richest in 2021から、ロシアの富豪上位15人を取り上げ、1節に登場したロシア企業とのきわめて密接な関係を明らかにした。
この表の上位の富豪の一部については、前の論文で紹介した。それは、株式時価総額第4位のNovatek取締役のLeonid V. Mikhelsonが富豪第5位、同じく同社取締役のGennady N. Timchenkoが富豪第6位に、株式時価総額第5位のNorilsk Nickel会長のVladimir PotaninがOlderfrey Holdings Ltd, the Companyを通じて、富豪第2位に入っていることを明らかにした。
表3に依れば、さらに株式時価総額第9位の鉄鋼業Severstalの多数株主であるAlexey Mordashovが富豪第1位に、株式時価総額第8位のNovolipetsk Steel (NLMK)のChairman of the Board of DirectorsのVladimir Lisinが富豪第3位に、株式時価総額第6位のLukoil会長(President)のVagit Alekperovが富豪第4位に入っている。株式時価総額7位のPolyusのSuleiman Kerimovが富豪第10位である。株式時価総額6位以下の企業での巨額の資産を持つ富豪が目立っている。

ところで、表3は、ロシアの富豪達の資産は制裁によって大幅に減少していることも示している。資産額左の項目はForbes2021年調査当初の金額、右側の金額は2022年3月26日の評価額である。全体として見れば約25%の減少である。

彼らの資産がどのように蓄積されているかについては、Forbesは詳細を明らかにしていない。自社の株式やロシアの国債などのロシアの金融資産であれば、大幅に減少しているだろう。しかし、彼らもロシア経済の現実を理解していて、その多くをヨーロッパ最大の金融市場ロンドン、金融資産の情報が秘匿できるスイス、そして西インド諸島などのタックス・ヘイブンに分散して所有していると推測できる。しかし、スイスやタックス・ヘイブンも今回は制裁に同調している。

おわりに:オリガルヒと先進民主主義国の財閥
オリガルヒは、一般にロシアにおける新興財閥と訳されている。より詳しく言えば、旧ソ連が崩壊し、それまで社会主義国家が所有していた資産を破格の安価で購入し、それをもとにして企業を興し、巨大な企業と、経営者個人として巨額の資産を手に入れた経営者達を指す。ロシアが引き継いだ社会主義国家ソ連は、革命の際に多くの人々の財産を無償で暴力的に手に入れていたので、オリガルヒ達はその資産を実際の評価とは見合わない安価で購入できたのである。売却の過程を通じて、国家の政治家・官僚と企業の経営者達の間で、緊密な関係ができあがった。その緊密な関係が、ロシアのウクライナ侵攻に見られるような政権の暴走を生み出したと言えるだろう。
以上のようなロシアの新興財閥は、先進民主主義各国の財閥、新興財閥とは全く異なる発展の過程をたどっている。先進諸国の財閥、新興財閥は、まず個人経営の小さな会社を興し、株式会社の設立に進み、資本の蓄積に長い歴史をかけて巨大企業にまで成長してきた。その過程では、金融市場での株式の公開、社債の発行を通じて、機関投資家や個人投資家から、事業のための必要な資金を調達してきた。一部の企業では国家の支援を受けてきたこともあるが、それは支配的ではなかった。

ロシアの新興財閥は、その発展のために国家と一体になることが不可欠だが、本論文が様々な角度から一貫して主張したように、先進諸国の市場と資本、技術が幅広く必要である。先進諸国との広範囲な結びつきが弱まれば、ロシアは市場機能が弱体化し、再び国家と国家官僚が支配的な地位に就く、ソ連時代の混乱と停滞の社会主義経済に戻ってしまうことになるだろう。


2022年3月11日金曜日

論文「プーチン政権と一体化するロシア国有企業群」をHPに掲載しました(2)

このブログは、論文「プーチン政権と一体化するロシア国有企業群:ウクライナ侵攻の背景後半の要約です。論文は、以下に掲載していますのでご覧ください。私のHPのTopページ

3 非公開企業あるいは国有企業群:国防・軍事と原子力産業

前のブログで紹介した、論文2節は、Sberbankを除く、株式時価総額の大きなロシアの株式公開企業5社について検討してきた。この3節は、株式を公開していないか、政府以外の投資家の株式所有がきわめて小さい、ロシアの重要な国有企業のうち、国防・軍事関連企業と原子力企業について検討したい。

3.1 国防・軍事産業

Rostec(ロステック)は、安達・岩﨑論文の「表7 露経済誌RBC500ランキングによる売上高上位のロシア企業(2015~2020年)」の第5位に位置する、企業名通りの巨大国有企業である。

Rostecでは、次に見るUACとの段階的な合併が継続され、完成すると、Rostecは民間および軍用の航空機および航空機器の最大のメーカーになる。2019年に直接支配された事業体として、やはり次に見るRosoboronexport がある。

RostecのCEOであるチェメゾフは、先に指摘したセチン同様、「プーチンの側近集団」の一人である。

(上は参考図(部分)、出所:RFE/RL: Uncensored News, Russian Arms Deals, October 22, 2018)

United Aircraft Corporation (UAC)の株式は、連邦政府が92.3%を所有する。2006年に設立された同社を構成する企業は、軍用機のSukhoi、RSK MiG、民間航空機のIrkutなどよく知られた軍事・民間航空機企業である。

売上高は、Forbsの調査の20位程度になる。ただ、売上高の増加は顕著で、2017年には2013年の2倍を超えている。軍用機の輸出は国内に比べて増加傾向にあり、全体の4割を占めている。

もうひとつ重要な企業は、武器輸出を担う国営企業Rosoboronexport(ロスオボロンエクスポルト)である。同社は「外国との軍事技術協力の分野でロシア連邦の国家政策の遂行に積極的に関与している。」とその事業を誇示している。ミヘエフ社長は「2017年に世界53カ国と総額約150億ドル(1兆6000億円)の契約を結んだ」と強調した。


3.2 原子力企業ROSATOM

ロシアを代表する国有原子力企業は、ROSATOM(ロスアトム)である。同社は安達・岩﨑論文の表7の第10位の企業である。10年間の海外注文は、原子力発電所建設が974億ドル、ウラン製品が132億ドル、核燃料集合体およびその他の活動が295億ドルである。(左は参考図、Ths Economist, Russia leads the world at nuclear-reactor exports, Aug 7th 2018)

2019年の天然ウラン市場では、ROSATOMはカザフスタンの原子力企業NAC Kazatompromに次ぐ2位で14%を占めている。核燃料製造市場のシェアでは、アメリカのWestinghouse、フランスのFramatomeに次ぐ3位の16%である。

ROSATOMの監査役会議長キリエンコは、プーチン政権を支える一人だが、ロシアの野党指導者ナワリヌイ氏の毒殺を試みた6人の一人としてEUから制裁対象とされた。

日本経済新聞は、ロシア原子力企業の強みを、次のように指摘している。「主軸を担うロスアトムは国営企業だ。原子力に関する権限が国や民間企業、自治体など広範に分散した日米欧に比べて一貫した体制を採用するのは明確な違いがある。」 この強みは、ロシア国有企業全般に当てはまる。

おわりに:プーチン政権と一体化する国有企業群

第1に、ロシアを代表する企業での国有企業の割合は著しく高い。3節の国防・軍事企業と原子力企業は言うまでも無く、石油・資源産業の株式公開企業でも国家の株式所有比率は高い。一部の企業では経営者の株式所有比率が高い場合もあるが、主要な国有企業、その経営者とプーチン政権は深く結びついている。

第2に、ロシアの主要企業を産業別にみると、石油・天然ガス、資源産業、国防・軍事、原子力産業である。それは言うまでも無く、国の経済の特徴と一致している。それに対して、最先端のIT産業や半導体、医薬、消費財・サービスなどの、国民生活向上に関連する産業の発展は遅れている。

第3に、資源、軍事を中心とするロシア企業の発展に、ヨーロッパやアメリカの企業は深く関わってきた。ドイツの役割は突出しているが、その他のヨーロッパ諸国やアメリカも例外では無い。欧米諸国とその企業は、プーチン政権の資源・軍事戦略の推進に重要な役割を果たしてきたと言わざるを得ない。しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻によって、欧米諸国のプーチン政権への融和政策は根本的に見直されるだろう。


論文「プーチン政権と一体化するロシア国有企業群」をHPに掲載しました(1)

論文「プーチン政権と一体化するロシア国有企業群:ウクライナ侵攻の背景」をHPに掲載しました。論文の前半をこのブログで要約しましたので、ご覧ください。論文は、以下に掲載しています。私のHPのTopページ

2022年2月24日に、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。それは、巨大軍事国家ロシアのプーチン政権が、独立したウクライナを圧倒的な軍事力で支配下に置こうとする明白な侵略行為であり、第2次世界大戦後最大の人道危機を引き起こしている。このような事態を生み出した理由は何かを考えるためには、ロシアの経済と企業を明らかにすることが必要である。

1 ロシア企業概観

ForbsGLOBAL 2000 How The World's Biggest Public Companies Endured The Pandemicのランキングは、世界2000社を調査しているが、ロシア企業はそのうち24社が含まれる。

ロシア企業で最大の時価総額はSberbank の857億ドルで、2000社の時価総額順では74位となる。ロシア企業と世界上位企業との差は非常に大きい。産業別に見ると、最大は石油・天然ガス事業で、Rosneft、Surgutneftegas、Gazpromがそれぞれ総合評価の2,3,4位で、その他の4社もすべて10位以内に入っている。

2 最有力な公開企業群:石油・天然ガスと資源産業

Rosneft(ロスネフチ)は時価総額777億ドルで、ロシア企業第2位の企業である。 その最大の株主は、ROSNEFTEGAZで、同社の所有比率はグループ全体で50.76%である。ROSNEFTEGAZは100%国有企業であり、ROSNEFTEGAZのRosneftの株式の所有比率が過半数を超えているので、Rosneftも国有企業とみなすことができる。

Rosneftは世界の石油生産の6%を占めており、Rosneftを除くロシア企業が7%で、合わせたロシア合計がサウジアラビアと同じ量となる。一企業としてのRosneftが、世界でもロシアでもいかに巨大企業かがよくわかる。

Rosneftは、ロシアのウクライナ侵攻によって、取引停止に追い込まれているモスクワ証券取引所で、以下の各社と同様に取引が停止され、London Stock Exchangeにも上場しているが、ロンドンでの株価は暴落し、現在(2022年3月9日)は取引が停止されている。

なお、Rosneftで注目すべきは、ドイツの元首相であるシュレーダーが取締役会議長に就任していることである。ドイツのロシアとの緊密な連携のひとつの例であるが、後にまた検討す
るように、シュレーダーはその中心にいる。さらに、最高経営責任者セチンは、「プーチンの側近集団」の一人として、政権を支えている。 プーチンの側近集団、プーチン政権を支える集団のうち、経済関係者・経営者たちは、しばしばオリガルヒ(新興財閥)と呼ばれる。

第3位はGazprom(ガスプロム)で、今特に注目されている企業である。GazpromもRosneftと同様にほぼ国有企業である。

Gazpromの傘下にあるNord Stream AGは、2005年に設立され、バルト海を通った天然ガスパイプラインを計画、建設、およびその後の運用を行っている国際的なコンソーシアムである。Gazpromの子会社Gazprom international projectsが過半数の株式を持ち、ドイツなどの企業も株式を所有している。また、Nord Stream 2 AGは、Nord Stream 2パイプラインの計画、建設、その後の運用のために設立されたプロジェクト会社で、Gazpromの子会社Gazprom international projects によって所有されている。このプロジェクトに深く関わっているのが、やはりシュレーダーである。彼は、Nord Stream AG の株主委員会議長でもある。Gazprom取締役会副議長のミレルは、次に見るEN+GROUPデリパスカなどともに、米国財務省の対象となっている制裁対象となっている。(2018年)

上記2社に比較してやや株式時価総額が小さい上位企業が、NovatekNorilsk NickelLukOilである。

Novatek(ノバテク)取締役の一人であるミケルソンは、ForbsのForbes WORLD'S BILLIONAIRES LISTに掲載されたロシアの大富豪の一人である。また、同じく取締役のティムチェンコは、後に検討するチェメゾフや、セチンと同様に、「プーチンの側近集団」の一人である。

LukOil(ルークオイル)2020年のIFRS連結決算は、昨年と一昨年に比べ大幅に悪化している。石油・天然ガス事業の企業だが、事業の中心は、ロシア内の探索と生産である。

最後にNorilsk Nickel(ノリリスク・ニッケル)は、ニッケルだけではなく、銅、自動車の排気ガス中の有害物質を取り除くための触媒であるパラジウムを生産している。Norilsk Nickelの第2位の株主はUC Rusal Plc(ルサール)で、その株主はEN+GROUPで、その企業の株式はデリパスカが35.0%所有している。デリパスカはかつてルサールを率いていた。このように、ニッケル・パラジウム・アルミニウムなどの資源関連企業が、政権と緊密な関係を持つ人物を通じて、相互に深く結びついている。

次のブログで、「非公開企業あるいは国有企業群:国防・軍事と原子力産業」を取り上げるが、さしあたり、次のように言える。

旧ソ連=ロシアや中国では、市場経済の歴史的経験が無いまま社会主義へ移行し、社会主義体制が崩壊後、社会主義下の国有企業が、少しずつ民営化され、国家の所有比率が高いまま実質的には国有企業として存続し、経済の基幹部門を依然として支配している。両国では歴史的経験の無い民営化が困難を極め、最近では逆に国家の経済・企業への関与が強まっている。民営化の過程で、企業の経営を担った経営者達は、かつての社会主義革命によって国民から収奪した国有財産から膨大な富を獲得し、国家と企業の癒着と一体化を進めた。