2024年3月28日木曜日

レイ・ダリオ氏の『巨大債務危機を理解する』(2022)

レイ・ダリオ氏の『巨大債務危機を理解する』(Principles for Navigating Big Debt Crises)が翻訳されている。レイ・ダリオ著、伴 百江訳、日本経済新聞出版、2022年12月21日、504ページ。出版時期は原著とほぼ同時である。

同書は、3部構成となっている。第1部 大規模な債務サイクルの原型、第2部 詳細なケーススタディー、第3部 48のケーススタディー。

同書は、長期的・大規模債務サイクルの原型のためのテンプレートを示そうという試みで、「過去に起こった48件の大規模な債務サイクルの考察に基づくもので、そのすべてのケースで、大国の実質国内総生産(GDP)が3%以上低下した (私はこれを不況と呼ぶ)。」(18、以下かっこ内はページ数)

ダリオ氏の最も重要な基本的な考えは、経済を動かす3つの主な要素として、以下の3つを挙げていることである。第1は生産力の成長、第2は債務の短期的な周期、第3は債務の長期的な周期である。
これらの3要素を踏まえた、経済活動における3つの重要な要素は、第1に、所得より早く債務を増加させない。第2に、所得を生産性より早く増加させない。第3に、生産性を向上させる努力を惜しんではいけない。以上のような視点から、長期的・大規模債務サイクルが分析されている。
(写真はhttps://forbesjapan.com/articles/detail/41562)

ところで、ダリオ氏によれば、不況大きく二つに分類される。
「・デフレ下の不況(デレバレッジ): 金融政策当局は初期の景気減速に対応して金利を引き下げる。しかし、金利が0%に下がると、その政策はもはや経済を刺激する意味で効果を発揮しない 。バランスのとれた十分な景気刺激策(とくに紙幣の増刷と通貨安)がなければ、債務の再編と緊縮財政が支配的になる。」
「・インフレ下の不況(デレバレッジ): 典型的な例としては、外国資本の流入に依存し、中央銀行が紙幣を印刷して買い入れる貨幣化のできない外国通貨建ての債務を極めて多く抱えている国で起こる。こうした外国資本の流入が減速すると、これまでの信用供与は信用収縮に陥る。」(21)

さらに、バブルは次のような指標によって判断されると言う。
「1. 従来の評価に比べて価格が高い。
2. 高水準の価格からさらに価格が上昇することが、現在の価格に織り込まれている。
3. 強気な市場心理が支配的である。
4. 高水準の借り入れによって購入されている。
5. 買い手は極端に先を見越して先物買いをし(在庫を増やし、先物買い契約をするなど)、将来の価格上昇を投機の対象にしたり、それへの補償を確保する。
6. 新規の買い手(これまで投資をしたことがない人)が市場に参入す る。
7. 金融緩和がバブルを膨らませ、金融引き締めがバブルをはじけさせる。」(196)
これらの指標は、以前のブログで紹介したように、後に少し修正される。

レイ・ダリオ氏は、ヘッジファンドの創設者として、進行中の経済活動に対して、ひとつの重要な解釈を示し、必要な戦略と政策を具体的に提起する。私が先のブログで紹介した論評では、現状(2024年3月)がバブルではないことが強調された。
このような現状分析が、この著作で論じられたような、20世紀に入って生じた債務危機全般を歴史的に捉えるという壮大な試みを背景にしていることがとても興味深い。

2024年3月27日水曜日

2024年3月下旬、いくつかの指標で見るバブルの兆候は?(2)、レイ・ダリオ氏の見解

 「2024年3月下旬、いくつかの指標で見るバブルの兆候は?(1)」で、しばしば取り上げられるバブルの指標を検討してきたが、これに対して重要な異なった見解を紹介したい。

私たちは株式市場のバブルの中にいるのか?」と題するレイ・ダリオの投稿である。彼は周知のように、ヘッジファンドであるブリッジウォーター創設者、CIO メンター、取締役会メンバーである。

(出所:2024/03/22 16:59, Are We in a Stock Market Bubble?https://www.linkedin.com/pulse/we-stock-market-bubble-ray-dalio-zpdre2/203.)

なお、レイ・ダリオ氏は『巨大債務危機を理解する(Principles for Navigating Big Debt Crises)を著し、第1部 大規模な債務サイクルの原型、第2部 詳細なケーススタディー、第3部 48のケーススタディー、で長期的・大規模債務サイクルの原型のためのテンプレートを示そうという試みた。
この著作については、次のブログで簡単に紹介したい。

先ほどの投稿に戻ると、「私はバブル市場を次の要素が高度に組み合わさった市場と定義している。(1) 従来の価値の尺度に比べて価格が高い。(2) 持続不可能な状況。(3)市場が大幅に上昇したため、活気ある市場と受け取られているため、多くの新規で世間知らずの買い手が集まった。(4) 広範な強気の感情。(5) 購入の高い割合が借金で賄われている。(6) 値上がりに賭けるために行われた大量の先物や投機的購入。」

これらの基準を総合した、以下の図によれば、「これらの基準を使って米国株式市場を見てみると、最も株価が上昇しメディアの注目を集めた一部の株式市場でさえも、ひどいバブルであるようには見えない。市場全体は中程度(52パーセンタイル)にある。チャートに示されているように、これらのレベルは過去のバブルと一致しない。








次にさらに詳しく上記の6つの項目について、過去のバブルとも対比しながら一覧にしたのが、次の表である。



ところで、この記事の中に掲載された、興味深いデータを紹介しよう。今日の NVIDIA とテックバブル時の CISCOを比較するという方法である。「現在、NVIDIAの2年先の PERは約27倍。これは、時価総額が約10倍に成⻑しているにもかかわらず、利益も大幅に増加しており、実際の注文により今後1〜2年にわたって成⻑が続くと予想されていることを反映している。テックバブルの時代に、シスコの2年間の予想PER は 100に達していた。市場は、現在見られるよりもはるかに投機的かつ⻑期的な成⻑を織り込んでいた。」
ただ、ここからわかるもうひとつの予想は、NVIDIAの利益が期待通りの結果に届かない場合である。その場合は、CISCOの動きに類似し、NVIDIAの株価が大幅に下落し、その影響が市場に拡がることが予想される。



2024年3月下旬、いくつかの指標で見るバブルの兆候は?(1)

2021年12月末に、このブログに「強まるバブル懸念の指標とバブル研究の古典(1)」と「同(2)」を掲載した。2023年後半以降、アメリカの株式市場は、ChatGPT、さらにはGeminiと様々な生成AIの登場と利用の拡大を背景に急騰を続けている。同時に、現在の局面がバブルではないかとの懸念も拡がっている。以上について検討する指標を取り上げて、現在の状態を確認してみたい。

まず、CNNが算出している「Fear & Greed Index(恐怖と貪欲)指数」である。この指数は、日本経済新聞でも何度か取り上げられている。これによれば現在は貪欲状態で、極度の貪欲状態に近づきつつある。

この指数を構成しているのは、2つめの図で示されている7つの構成要素である。現状は、市場のボラティリティを除けば、すべて「貪欲」以上である。


次に、株価の割高・割安を測る指標として、最もよく知られた指数を見ておこう。まず、Shiller PE Ratio for the S&P 500である。この指数を考案したロバート・シラー教授は、ITバブルを警告したことでよく知られている。以下の図は、1871年以降のきわめて長い期間のデータでとても興味深い。この図によれば、1871年以降、この指数が最も高いのが、ITバブル期の約45で、2024年3月1日には35.76で、ITバブルの次に高く、その水準に近づいている。

出所:https://www.gurufocus.com/economic_indicators/56/shiller-pe-ratio-for-the-sp-500

もうひとつは、バフェット指数である。それは、株式市場の時価総額を名目国内総生産(GDP)で割った値である。以下の表は1950年から2024年第4四半期までの数値である。2000年のインターネットバブルの時期から100%をしばしば超えるようになり、一時216.0%となったが現在は165.7%とやはりかなり高い水準である。


(出所:https://www.advisorperspectives.com/dshort/updates/2024/03/05/buffett-valuation-indicator-february-2024)

以上のような検討から、現在のアメリカの株式市場の株価は、歴史的に見て極めて高い水準にあり、バブルの兆候と見なすこともできるだろう。ただし、バブルであると見なすことに対してはレイ・ダリオなどの有力な反論もある。この例は次のブログで取り上げたい。

バブルの状態であるかどうかについては今後も議論が続くと思われるが、ともあれ、内外の何らかの要因によって、市場が緩やかなあるいは激しい下落に転じる可能性は否定できない。当面の要因としては、アメリカ経済の後退が始まる、この間株式市場を牽引してきた企業の業績が期待を下回る、アメリカ市場を揺るがす突発的な政治的・経済的事件などが挙げられるだろう。

世界史教科書の「帝国主義」を再定義する:ロシアのウクライナ侵攻を踏まえて

昔習った教科書をベースに現実を捉え直そうということで、「もういちど読む」シリーズが人気である。今回のブログではそのうちの世界史を取り上げ、そこでの帝国主義について考えてみた。

左の『もういちど読む 山川世界史用語事典』(2015年)(以下では「事典」)で「帝国主義」を調べてみた。まず、次のように書いている。「歴史上の膨張主義一般をさす場合もあるが、列強の間で19世紀以来顕著になり、第一次世界大戦に帰結した、その時代を特徴づける帝国の膨張主義およびその後の類似の現象と解するのがふつうである。」

「ふつうである」という用語で、この用語には様々な見解があることを示唆している。だがその後では、ホブソン、カウツキーの見解の後に、レーニンの見解が詳しく示され、今なおその見解を基調に帝国主義が考察される。

事典の最後に、「19世紀末から第一次世界大戦までの帝国主義は「古典的」と呼ばれる。」と結んでいる。『もういちど読む 山川世界史(2017年)(以下では「教科書」)でも帝国主義は、同じ時期の現象としていると思われる。

次に、この記述の問題点を指摘したい。第1に、帝国主義の説明を主にレーニンに求めている点である。レーニンは、帝国主義を高度に発達した資本主義の産物とした。

だが、現実には反対に、レーニンが権力を掌握した、資本主義的発展が遅れたソ連、それを継承したロシアが、一貫して周辺の民族を支配・抑圧する体制を築いてきた。そして最も新しい事例は、周知のウクライナへの侵略である。またここでは詳しくは触れられないが、同じ社会主義国の中国の新疆とチベットなどに対する支配と抑圧も同様の行動だと言えるだろう。

これらの事実から、他民族を支配・抑圧を持続的に可能にするのは、国家が独裁権力によって支配されている体制の下であることを強調しておきたい。

第2に、先進資本主義国による「帝国主義」についてである。上記書が主張しているように、19世紀末から第1次世界大戦までに、発達した資本主義国が世界を分割・支配したことは疑いない。しかし同時に、特にこの時期の経済的な領域については、各国の企業が海外に進出したことが最も重要な特徴である。その際の投資は直接投資と呼ばれるが、シーメンスやシンガーが代表的な事例とされる。直接投資の担い手は個別の企業であり、その最も重要な特質は、企業が持つ経営資源が受け入れ国に移転されることである。

直接投資は戦間期にも着実に増加し、戦後にはその役割を増大させつつ、今では直接投資について、「帝国主義」との批判はほとんど見られないし、むしろ発展途上国は競って受け入れを進めている。

従って、いわゆる帝国主義の時代の、先進資本主義国による海外進出は、一面では他民族に対する支配と抑圧であるが、同時に特に経済的な面では、被支配民族の側からすれば、経済発展のひとつの可能性を手に入れたことも否定できない。ただ、その初期には、投資額が小さく、産業的には偏在していたことは事実である。

では、これまでの議論を踏まえて、現時点で各時代を特徴付けるとすれば、まず、19世紀末から第一次世界大戦までについては、先進資本主義国によるいわゆる帝国主義の時代」とすべきだろう。それ以降現在までは、「先進資本主義国と、独裁体制による他民族支配をめざす中ロなどの帝国主義との、対決の時代」と特徴付けられるだろう。なお、戦間期はその過渡期になる。

以上のような点を明らかにした上で、レーニンの定義に依拠せずに、「帝国主義」を改めて定義し直し、世界史を現実にあわせて書き換える作業が早急に求められているように思われる。

(3つめの画像は、(左から)ピョートル大帝、プーチン大統領、スターリン、出所は、https://jp.wsj.com/articles/how-far-do-putins-imperial-ambitions-go-11656303861)

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