本ブログでは、改めて小林忠監修「浮世絵の至宝 ボストン美術館秘蔵 スポルディング・コレクション名作選」(小学館、2009年、12,000円)を紹介したい。スポルディング・コレクション(Spaulding Collection, Museum of Fine Arts, Boston) は、アメリカの大富豪スポルディング兄弟が、「作品の質を最優先して金額には糸目をつけない」という方針で明治末~大正時代に蒐集した浮世絵・約6500点からなっている。それらは褪色や紙質の劣化などを避けるため、美術館内での展示すら禁止されていた。
主な目次は以下の通りである。
はじめに、第一章 喜多川歌麿とその周辺ー歌麿、長喜、栄昌、第二章 葛飾北斎、第三章 歌川広重と歌川派ー広重、豊国、豊広、国政、国貞、第四章 鈴木春信とその周辺ー春信、春重、磯田湖龍斎、第五章 諸派ー奥村政信、西村重長、鳥居清長、北尾派、第六章 スポルディング・コレクションの「もうひとつの魅力」
作品解説(とても詳細:新保)、論考(これも重要:新保):「ボストン美術館所蔵スポルディング・コレクションの成立」アン・ニシムラ・モース、「スポルディング・コレクション「浮世絵の正倉院」」小林忠、「御伽草子から浮世絵版画までーボストン美術館所蔵「梵天国」バージョン」サラ・トンプソン
スポルディング・コレクション の作品群で最も有名な作品のひとつは、右図の
喜多川歌麿「
「娘日時計」午ノ刻」(1794-95, 12, 12は掲載ページ数)である。「『娘日時計』は、おもに町娘たちの一日を一刻(約二時間)ごとに描いた揃物」(130)である。
右側の女性が羽織った薄衣から白い肌が透けて見えている。ところが、すでに所蔵・公開されている作品の多くは、版画の色が褪せて、その状態がよくわからない。これだけでも、歌麿の作品と、スポルディング・コレクションの保存のすばらしさがわかる。NHKの番組で、その説明を聞いてはいたが、現物で見て改めてその鮮明さがよくわかった。
「顔はあえて輪郭線を用いない「無線摺」によって表現されており、湯上りの娘の肌がいっそう柔らかく感じられる。」(130)
もうひとつ歌麿の作品を紹介しよう。「
白うちかけ」(1796-98, 21)である。「女性の全身を画面いっぱいに配した『錦織歌麿形新模様』は、寛政八ー一〇年頃の作とされる揃物のひとつで、歌麿の渾身の作である。」(133)
また、「彫り、摺りにも工夫がみられ、衣装の輪郭に墨線を施さず、紫、紅、草色の三色を対比させることで、ぞれぞれの素材がもつ柔らかな質感が巧みに表現されている。」(133)
左の画面でもかなりの大きさだが、同書の大きな画像を見ると、肌の淡い色のつややかさと、うちかけの白く見える箇所が薄く塗り分けられているのがよくわかる。
もう1枚、この著作の監修者小林忠氏が絶賛している作品のひとつを紹介しておこう。左の図の
鈴木春信の作品「
雪中相合傘」(1767, 80)である。
春信の男女は、この画でも、ともに華奢で男女の区別はつかない。「当時の人々は芝居を通して、「男女の相合傘=心中への道行」、というイメージをもっていたものと思われる。」(149)
小林氏は、「スポルディング・コレクション「浮世絵の正倉院」」で、「降りしきる雪を吹き墨の手法によって鉛白の白色をまいており(現在は黒変しているが)、ほかと異なってユニークな作例である。」(179)と書かれている。同書では、傘の上にふんわりと積もる雪がよくわかる。
最後に
写楽の作品を挙げておきたい。写楽の作品は、上の目次にあるように、特に章を設けて掲げられていない。しかし、小林氏の「スポルディング・コレクション「浮世絵の正倉院」」では、第2節で歌麿、春信の前に取り上げられ、画のように小さな画像ではあるが一覧にされているので、写楽の多くの作品を見ることができる。
「もっとも評価の高い寛政六年(一七九四)五月狂言に取材した写楽第一期役者絵、すなわち黒雲母摺(きらずり)大首絵の名作が全二八点中の二三点も揃えられていることは、短期間の蒐集にあっては驚異的な幸運といってよい。」(175)と、小林氏は書かれている。
この書籍は12,000円と高いので、まずは図書館で現物を確認して購入されるのが良いかもしれませんが、値段の高さに見合う、浮世絵を存分に楽しめる書籍であると思います。
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