2019年11月18日月曜日

書評:李栄薫編著『反日種族主義』その1(2)

(1)での『反日種族主義』の紹介に続いて、李栄薫氏による「反日種族主義」の説明に進もう。
なお、私はすでに私のWebsiteで書評を掲載している(本文10ページ)ので、詳しくは左をクリックしてお読みください。

李栄薫氏、Share News Japanから
プロローグ 嘘の国」で、李栄薫氏は次のように述べている。長くなるが本書の論点を適切にまとめているので、全文を掲載する。
「この本で争点に挙げるいくつかを列挙します。朝鮮総督府が土地調査事業を通し全国の土地の四〇パーセントを国有地として奪った、という教科書の記述は、でたらめな作り話でした。植民地朝鮮の米を日本が収奪した、という教科書の主張は、無知の所産でした。日帝が戦時期に朝鮮人を労務者として動員し奴隷にした、という主張は、悪意の捏造でした。嘘の行進は日本軍慰安婦問題に至り絶頂に達しました。憲兵と警察が道行く処女を拉致したり、洗濯場の女たちを連行し、慰安所に引っ張って行った、という韓国人一般が持っている通念は、ただの一件もその事例が確認されていない、真っ赤な嘘を土台としたものでした。」(18-19、以下数字は同書ページ数)

では、なぜ日本の統治がもたらした結果について、次々と嘘が生み出されたのかについて説明したのが、「反日種族主義」というイデオロギーなのである。これまで、韓国の反日思想を、すでに紹介したように民族主義とみなす場合が多かったが、李栄薫氏は一歩進めて反日種族主義だと考えている。
「韓国の民族主義は、西洋で勃興した民族主義とは別のものです。韓国の民族主義には、自由で独立的な個人という概念がありません。韓国の民族はそれ自体で一つの集団であり、一つの権威であり、一つの身分です。そのため、むしろ種族と言ったほうが適切です。隣の日本を永遠の仇と捉える敵対感情です。ありとあらゆる嘘が作られ広がるのは、このような集団心性に因るものです。すなわち反日種族主義です。」(24)

韓国において民族的な利益や尊厳とみなされるものが最優先され、それを批判すれば徹底的に批判・弾圧される、異なった立場や見解が認められないという事態はしばしば起こっている。後にも触れるような同書著者に対する曹国(チョ・グク)氏による批判や、著者達に向けられた暴行事件、韓国人として慰安婦について論じた朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』が裁判にかけられるなど、学問的な検討や論議がまともに行われず、政治的に断罪される異常な事態が、以前からしばしば見られる。

李栄薫氏による反日種族主義の検討は、「第17章 反日種族主義の神学」でさらに進められる。氏は、アンドレ・シュミット『帝国のはざまでー朝鮮近代とナショナリズム』(2007年)に依拠して次のように指摘する。「一言で言えば、朝鮮における民族は、親族の拡大形態として受容され、定着しました。」(207)「民族の歴史に対する叙述は、広大な族譜の形式をとるようになりました。シュミットは、韓国人が民族と親族を共通のものとして捉えたのには、地に気脈が流れるという風水地理説が作用した、と指摘しています。」(207)

親族という比較的小規模な血縁関係で結びついた関係が、そのまま多様な特徴を持つはずの民族という集団にまで拡大され、親族の秩序と権威が保たれつつ、構成員にひとつの集団として行動することが求められる。韓国における支配的な思想が、以上のような特徴を持つ反日種族主義であると李栄薫氏は主張している。この新たな特徴付けは、従来の民族主義批判を大胆に一歩進めたとらえ方で、現在の韓国での支配的な思想の特徴を適切に表現していると言えるだろう。

『反日種族主義』の出版に際して、文在寅政権を支えた前法務部長官の曹国(チョ・グク)氏は、「今(8)月5日、自身のフェイスブックでこの本の著者について「附逆(反民族的)・売国親日派という呼称以外に何と呼ぶべきか、私には分からない」と批判した。
ソウル大学教授で、かつ当時は法務部長官候補者であるにもかかわらず、同書の内容について学術的で具体的な批判をいっさい行わず、反民族的・親日的という批判を行うことは、彼が「反日種族主義」であることを如実に示している。
文在寅政権の中心的な人物のこのような批判や、日本製品のボイコットなど、すでに日本を含む先進国では過去の遺物となったものが、韓国では未だに堂々とまかり通っているのは、本当に驚きである。韓国の有力企業がグローバルな企業として世界をリードしているにも関わらず、同時にアナクロニズムが政権を支配しているのである。

こうした事態を前にして、李栄薫編著『反日種族主義』が刊行されたのは、本当に時宜を得た試みとなっている。同書が、韓国と日本両方の多くの人々が読まれることを期待したい。そして、私は、これを契機にして、この著者達の韓国語の専門的な研究が日本語や英語に翻訳され、読まれることを特に希望したい。そして、韓国と日本さらにはアメリカの研究者の学術的な交流が、さらに多くの分野に広がり、それぞれの研究がいちだんと深まることを期待したい。

あわせて以下の私のブログもお読みください。
李榮薫他『反日種族主義』と朱益鍾『大軍の斥候』(1)(2019.9.17)
李榮薫他『反日種族主義』と朱益鍾『大軍の斥候』(2)(2019.9.17)

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書評:李栄薫編著『反日種族主義』その1 落星垈経済研究所の経済学者などによる批判


Amazonから
李栄薫編著『反日種族主義 日韓危機の根源』が刊行された。韓国で刊行された書籍の日本語版である。韓国ではベストセラーになったが、日本語版の刊行は、わずか4か月後である。同書は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権を支える思想と思想家に対する包括的な批判に取り組んでいる。
私はすでに私のWebsiteで書評を掲載している(本文10ページので、上をクリックしてお読みください。このブログは短いので、ぜひあわせて参照していただければ幸いです。


イ・ヨンフン氏はじめ6名の著者、池上彰SP、2020.2.2 
(2020.2.3追補)
目次は以下の通りである。目次の後ろには6名の執筆者を記載している。
日本語版序文、はじめに
プロローグ 嘘の国 李栄薫(イ・ヨンフン)
第1部 種族主義の記憶
1 荒唐無稽『アリラン』 李栄薫、2 片手にピストルを、もう片方に測量器を 李栄薫、
3 食糧を収奪したって? 金洛年(キム・ナクニョン)、4 日本の植民地支配の方式 金洛年、5 「強制動員」の神話 李宇衍(イ・ウヨン)、6 果たして「強制労働」「奴隷労働」だったのか? 李宇衍、7 朝鮮人の賃金差別の虚構性 李宇衍、8 陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか! 鄭安基(チョン・アンギ)、9 もともと請求するものなどなかった――請求権協定の真実 朱益鐘(チュ・イクチョン)、10 厚顔無恥で愚かな韓日会談決死反対 朱益鐘
第2部 種族主義の象徴と幻想
11 白頭山神話の内幕 李栄薫、12 独島、反日種族主義の最高象徴 李栄薫、13 鉄杭神話の真実 金容三、14 旧総督府庁舎の解体――大韓民国の歴史を消す 金容三(キム・ヨンサム)、15 親日清算という詐欺劇 朱益鐘、16 ネバー・エンディング・ストーリー 「賠償!賠償!賠償!」 朱益鐘、17 反日種族主義の神学 李栄薫
第3部 種族主義の牙城、慰安婦
18 我々の中の慰安婦 李栄薫、19 公娼制の成立と文化 李栄薫、20 日本軍慰安婦問題の真実 李栄薫、21 解放後の四十余年間、慰安婦問題は存在しなかった 朱益鐘、22 韓日関係が破綻するまでー挺対協の活動 朱益鐘、エピローグ 反日種族主義の報い 李栄薫
解説 「反日種族主義」が問いかける憂国 久保田るり子
著者プロフィール

著者の主なプロフィール、スペースの都合で書評掲載文よりさらに簡略化した。
李栄薫(イ・ヨンフン)ソウル大において博士学位を受ける。ソウル大経済学部教授退職後は、李承晩学堂の校長。 『韓国の「国史」教科書を書き換えよ 大韓民国の物語』(文藝春秋、2009年刊)などの著書がある。
Amazonから
金洛年(キム・ナクニョン)東京大において日帝下韓国経済史研究で博士学位を受ける。現在、東国大経済学科教授、落星垈経済研究所所長。『植民地期朝鮮の国民経済計算1910-1945』(東京大学出版会、2008年刊)、『日本帝国主義下の朝鮮経済』(東京大学出版会、2002年刊)などの編著・著書がある。
金容三(キム・ヨンサム)朝鮮日報社の『月刊朝鮮』記者となり、現代史を担当。現在、ペン&マイクの記者、李承晩学堂教師。
朱益鍾(チュ・イクチョン)ソウル大において博士学位を受ける。ハーバード大訪問学者と大韓民国歴史博物館学芸研究室長を経て、現在、李承晩学堂教師。『大軍の斥候 韓国経済発展の起源』(日本語翻訳、日本経済評論社、2011年)などの著訳書がある。
鄭安基(チョン・アンギ)京都大において日本経済史研究で博士学位を受ける。学位論文は、「戦前戦時「鐘紡コンツェルン」の研究」(2000年)である。現在、東亜大東アジア研究院特別研究員。
李宇衍(イ・ウヨン)成均館大で博士学位を受ける。ハーバード大訪問研究員、九州大客員教授を歴任。現在、落星垈経済研究所研究委員。「戦時期日本へ労務動員された朝鮮人鉱夫(石炭、金属)の賃金と民族間の格差」(『エネルギー史研究』No.32、九州大学記録資料館産業経済資料部門、2017年)などの論著がある。
以上のプロフィールからわかる重要なことは、ジャーナリストの金容三氏を除く5名の著者は、実証主義的な方法を基礎にする経済史を中心とする経済学者達であるということである。

ここで、著者を含む韓国における、事実を着実に検証する研究者のあゆみを簡単に振り返っておきたい。なお、著者全員が同じ動きをしているではないことは言うまでもない。
1987年に安秉直氏 と李大根氏の二人によって落星臺(落星垈、落星台)硏究室が開設された。その活動の進展とともに、1994年に社團法人落星臺經濟(経済)硏究所 (Naksungdae Institute of Economic Research)と改名された。
2005年には、教科書フォーラムが発足した。教科書は若い世代の思想形成に重要な役割を果たすため、従来の教科書に大幅な改訂を求める必要があると、フォーラムに結集する人々は考えていた。フォーラムの代表者の一人が、ソウル大の李榮薫教授(経済学)で、そのほか顧問に、東京大学でも教鞭をとったソウル大の安秉直(アン・ビョンジク)名誉教授がいる。このフォーラムによって、『代案教科書 韓国近現代史』が2008年に刊行された。
その後、研究所の持続的な活動などとともに、李承晩学堂や李承晩TVなどの開設などもあり、そのまとめのひとつとして本書が刊行されたと思われる。

『反日種族主義』の主な内容紹介は、(2)に続く。