前回のブログは、カラヴァッジョ展に出展されている「法悦のマグダラのマリア」の真贋論争を紹介した。カラヴァッジョは若くして死んだにも関わらず、その作品はどれも革新的だが、同時に彼の個性とともに作品も、人によって好みが分かれるものが多いように思われる。
カラヴァッジョを理解するための解説書は、私の様な素人には、なんと言っても宮下規久朗『もっと知りたいカラヴァッジョ』(東京美術、2009年)が一番だろう。
私が特に興味を持った2つの作品を紹介したい。まず、この著作の表紙を飾っている「ロレートの聖母」(1603-06年)である。
「この絵では、口レートの聖家に巡礼に来た親子の前に
聖母が顕現した情景をとらえている。巡礼者の男は汚い足の裏を見せ、きわめて現実的だが、聖母子の姿は神々しく神秘的である。」(p.53)
この絵が与えるメッセージはとてもわかりやすい。聖母も巡礼者も細部まで非常に丁寧に描かれている。カラヴァッジョの作品によく登場する、斬首などの残酷な場面や、やや大げさな動作も無く、静かに描かれている。改めて感じたのは、左上の方から光が当たり、巡礼者の顔もよく見えるが、実は意外に画面が闇の中にあることだ。
もうひとつは、カラヴァッジョ最晩年の作品「聖ウルスラの殉教」(1609年)である。
「巡礼の途上、ケルンで千人の乙女とともにフン族の手によって殉教したウルスラ。・・・闇が人物を蝕み、静寂が支配するこの画面は、カラヴァッジョの晩年様式の極致を示す。」(p.85)
この作品の闇は、これまでと比べますます深く濃くなっている。ウルスラを始め人々の顔の一部にしか光が当たらず、表情は十分にはわからない。人々はほぼ一列に並び、動きもほとんど見られない。
なお、カラヴァッジョの作品を味わうには、『もっと知りたいカラヴァッジョ』で十分のように思えるが、さらにと言う方には、Caravaggio: The Complete Works (Bibliotheca Universalis) が役に立つ。515ページと大部だが2,365円と安価、図版も豊富なのはありがたいが、版がやや小さいという難点がある。
カラヴァッジョの影響について、宮下氏は「フェルメールの光とラ・トゥールの焔 「闇」の西洋絵画史」 (小学館101ビジュアル新書、2011年)」で詳しく論じておられる。
「西洋絵画は中世の終わりごろから一貫して光と閣の対比の効果を追求してきた。ルネサンス以降、夜景表現が確立し、17世紀の初めにはカラヴァッジョが光と陰の対立を心理的な劇に応用した。ごの様式が瞬く間にヨーロッパ中に広がり、フランスのラ・トゥールをはじめとして、多くの画家たちが強烈な明暗対比による夜景画を好んで描くようになったのである」(p.10)
画像は、そのラ・トゥールの代表作「大工の聖ヨセフ」(1642年頃)である。画像は、「週刊 西洋絵画の巨匠 33 ラ・トゥール 」(2009年)を利用させていただいた。同書によれば、「本作で描かれるのは、夜働く養父ヨセフの手もとを、ろうそくの炎で照らす少年時代のキリスト」(p.5)。
画面は闇で覆い尽くされ、ろうそくの小さな炎がキリストがかざす手を通って、全体をわずかに明るく照らしている。小さな焔の表現と絵いっぱいに拡がる効果がとてもすばらしい。
宮下規久朗「闇の美術史 カラヴァッジョの水脈」(岩波書店、2016年)は、日本の美術史にも闇を求め、そのひとつの代表作として、北斎の娘、葛飾応為の「吉原格子先之図」と「夜桜美人図」を挙げる。
宮下氏は、こう書いておられる。「葛飾応為の《吉原格子先図》は、中でも人工光線による夜景を描いた稀有な例である。」(p.179)
私のブログ「葛飾応為初の作品集『北斎娘・応為栄女集』」 (2016.2.19)は、以上の様な背景を十分に理解しないままこの作品を紹介した。宮下氏の言われる、美術における闇の位置と役割を念頭に置くと、この作品の、特に日本での意義が改めて深く理解できるように思われる。
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