2024年4月4日木曜日

レイ・ダリオ『世界秩序の変化に対処するための原則』:壮大な試み、危うい結論(3)

レイ・ダリオ『世界秩序の変化に対処するための原則』を2回に分けて紹介してきたが、最後にその最も重要な結論について考えてみたい。

この著作は、2023年09月に日本語版が刊行されたが、原語版は2021年11月30日の出版となっている。執筆されているのは、まさに世界で新型コロナ感染症がなお拡大している時期である。中国は未だに全感染者数の実態も公表していないが、各国と同様大きな被害が出ていたことは疑いない。

そして、2022年12月7日に、中国は「ゼロコロナ」政策を、突然理由も明確にしないまま大幅に緩和した。「ゼロコロナ」政策の時期に、中国経済は深刻な打撃を受けたが、その影響があまりにも大きく、政策の大転換後も経済の回復には至っていない。

さらに、今中国で不動産バブルの崩壊が起こりつつある。これまで中国を牽引してきた不動産企業は深刻な経営危機に陥り、この危機が不動産企業に融資していた金融機関に波及し、不動産バブルの崩壊から幅広い金融危機に陥ることが危惧されている。コロナ危機は、中国とその経済の大きな転換点になっているのである。クルーグマンが「中国経済は日本のバブル崩壊よりもひどい状態になる」と指摘しているのは周知の通りである。(PAUL KRUGMAN, China’s Economy Is in Serious Trouble, The New York Times, Jan. 18, 2024.)

これに対して、中国共産党と政府は、1) 経済的な危機に対して適切な対応を提示できていないだけでなく、2) 経済と政治に対して徹底した管理と支配の政策を次々と打ち出している。こうしたことを背景に、自由な企業活動が困難になりつつある中国を脱出する企業は多く、グローバルなサプライチェーンは再編成を迫られている。

こうして、レイ・ダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』の、中国がアメリカに迫り、新たな帝国となるという楽観的な結論は、妥当かどうか疑わしくなっていると私には思われる。

これに対して、レイ・ダリオ氏は、In China: The 100-Year Storm on the Horizon and How the Five Big Forces Are Playing Out (中国:中国での100年に一度の暴風雨と5つの大きな力の行方)と題する論評を発表した。(https://www.linkedin.com/pulse/china-100-year-storm-horizon-how-five-big-forces-playing-ray-dalio-wysbc/)

氏は、中国の現状を次のようにまとめている。「1. 巨額の債務と経済問題があり、経済活動、物価、心理を落ち込ませている。2. 国内の貧富の格差と、その結果として生じる富や価値観をめぐる対立が激化しており、恐怖を誘発している。3. 中国と米国の大国間の対立は大きな悪影響を及ぼしている。4. 気候および気候関連の問題は大きく、脅威であり、最優先事項である。5. 技術開発は常に重要な決定要因であり、技術戦争に勝った者が経済、地政学、軍事戦争に勝つことはよく知られているが、これが今ほど真実になったことはなく、中国と米国がリーダーであり、大きな敵対国である。」

以上の通り、レイ・ダリオ氏の見解は大きくは変わってはいないようである。

氏は最後に次のように述べている。「私は中国の高品質な資産が非常に魅力的な価格だと感じており、そこへの投資は非常にうまくいっている。また、私は中国の人々と文化に大きな愛情と敬意を抱いている。」レイ・ダリオ氏のヘッジ・ファンドは、おそらく中国への投資で巨額の利益を得ており、そのことを背景に氏は中国への関心を深め、中国の歴史を研究し、中国への期待を膨らませたものと思われる。

ちなみに、Sovereign Wealth Fund Institute (SWFI) は、Top 100 Hedge Fund Manager Managers by Managed AUMを発表しているが、レイ・ダリオ氏のBridgewater Associates, LPを第1位と評価している。(https://www.swfinstitute.org/fund-manager-rankings/hedge-fund-manager)

しかし、Bloombergは、「創業者レイ・ダリオ氏が1年半前に経営権を譲り渡し、世代交代が行われた世界最大のヘッジファンド運営会社ブリッジウォーター・アソシエーツは、過去数年の低調なリターンを巡る投資家の不満に直面している。」と指摘している。(ブリッジウォーター、顧客の不満に応えられるか-事業好転の試金石に、Katherine Burton、2024年4月2日 8:41 JST)

この低調なリターンがどのような理由によるものかは不明で、Bloombergでも具体的な指摘は無いが、レイ・ダリオ氏が創設し、後継者が受け継いだ戦略が影響を与えた可能性は十分に考えられるだろう。

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レイ・ダリオ『世界秩序の変化に対処するための原則』:壮大な試み、危うい結論(2)

前回のブログに続いて、大帝国の相対的ポジションの図を説明する要因を取り上げたい。レイ・ダリオ氏は、まず3つのビッグ・サイクルがあると言う。1. 債務と資本市場の長期サイクル、2. 内部秩序と内部混乱のサイクル、3. 外部秩序と外部混乱のサイクル。

そして、富と権力を決める8つの決定要因について、「 1)教育、2)競争力、3)イノベーションとテクノロジー、4)経済生産高、5)世界貿易におけるシェア、6)軍事力の強さ、7)金融センターとしての強さ、そして8)準備通貨の地位の8つである。」(p.49)を挙げている。これらの8つの要因は、「付記」 (p.556-)に掲載されている「各国の国力・スコアの主要決定要因」と題する表の、外部秩序の8項目と対応している。

さらに、「各国の国力・スコアの主要決定要因」では、冒頭に、経済/金融の状況として、債務負担、期待成長率、内部秩序として、富/機会/価値観の格差、内部対立のそれぞれ2項目が挙げられる。次に、上記の8要因を補完する、補完的決定要因として、地質、資源配分の効率性、社会インフラと投資、国民性/礼節/意志力、ガバナンス/法の支配、天災の6つを挙げている。以上で18項目となる。

ところで、「世界の主要決定要因」(p.536-)に掲載されている、「主要国の現状」と題する表は、同じ18項目ではあるが、項目はやや異なり、まず最初に、債務負担 (経済のビッグ・サイクル)、期待成長率(経済のビッグ・サイクル)、内部対立(内部秩序。数値が低いほど悪い)の3項目が挙げられ、その後は特に区分は無く15項目、合計18項目となっている。両表に項目の表現に違いはあるが、内容的には変わらない。

では、各国が一覧になっていて、比較が容易な総括表の「主要国の現状」を以下に掲げる。これらの数値が、前回のブログの大帝国の相対的ポジションの図に対応している。




















原表に対して、まず私は各項目の性格を、経済、社会、政治、自然などにおおまかに分類し追記した。こうして見ると、並び順の性格はかなり混在していることがわかる。次にアメリカに次ぐ高い評価の中国で、評価が問題となる項目を黄色で示した。レイ・ダリオ氏の中国に対する評価は、この3項目で意外にも高いことに注目しておきたい。この点は次のブログで改めて論じる。最後に、各項目で特に高い評価点はオレンジ色、低い評価点は青色のゴシック文字で強調した。

レイ・ダリオ『世界秩序の変化に対処するための原則』:壮大な試み、危うい結論(1)

前回のブログで、現在のアメリカ株式市場の高騰を検討するのに当たって、レイ・ダリオ氏の『巨大債務危機を理解する』を検討した。レイ・ダリオ氏にはもうひとつ重要な著作がある。『世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか』(レイ・ダリオ著、斎藤 聖美訳、日本経済新聞出版、2023年09月27日、556ページ)である。

同書のPart Iでは、単純化した典型的な帝国の興亡を解説。Part IIでは、過去500年間に準備通貨国となったオランダ、イギリス、アメリカについて深く掘り下げ、さらに米中対立についても1章を割く。Part IIIでは、これらすべてが将来にどういう意味を持つかを論じている。

以上の検討を踏まえた、大帝国の相対的ポジションの図が以下の通りである。次のブログで詳しく紹介する18の要因から各国の地位が決められている。1600年以前の中国はともかく、その後のオランダ、イギリス、アメリカの地位については、特に新しい結論ではない。

注目すべきは、第1に、これらの結論を独自に集計した独自の数量的なモデルにもとづいて計算したことである。第2に、アメリカの地位に迫っている中国についての評価である。この点も次のブログで検討したい。















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