2020年4月27日月曜日

速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(1)

速水 融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザー人類とウイルスの第一次世界戦争』(藤原書店、2006年) は、戦後日本で最初のスペイン・インフルエンザについての本格的な研究である。速水氏は、当時の広範囲な新聞を収集し、状況を再現しようとされている。以下に掲載した新聞は一例で、多数の新聞記事が掲載されている。

それとともに、速水氏は『日本帝国死因統計』等の文献と、超過死亡概念を用いて、前回のブログで紹介した『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』の死亡者数を、見直そうとされている。

目次は以下の通りである。
序章 “忘れられた”史上最悪のインフルエンザ
第1章 スペイン・インフルエンザとウイルス、第2章 インフルエンザ発⽣―⼀九⼀⼋(⼤正七)年春―夏、第3章 変異した新型ウイルスの襲来―⼀九⼀⼋(⼤正七)年⼋⽉末以後、
第4章 前流⾏―⼤正七(⼀九⼀⼋)年秋―⼤正⼋(⼀九⼀九)年春、第5章 後流⾏――⼤正⼋(⼀九⼀九)年暮―⼤正九(⼀九⼆〇)年春
本文中に掲載された新聞の一例、p.103
第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗(しょうけつ、(好ましくないものが)はびこって勢いが盛んであること) 第7章 インフルエンザと軍隊、第8章 国内における流⾏の諸相、第9章 外地における流⾏
終章 総括・対策・教訓
あとがき、資料 1 五味淵伊次郎の⾒聞記、資料 2 軍艦「⽮矧」の⽇誌、新聞⼀覧、図表⼀覧

まず、このブログでは、速水氏の理論を詳細に展開している第6章を紹介しよう。速水氏が採用した方法は次の通りである。「有効な方法とは、「超過死亡(excess death)」概念の適用である。ここでいう超過死亡とは、ある感染症が流行した年の死亡者数を求めるに際し、その病気やそれに関連すると思われる病因による平常年の死亡水準を求め、流行年との差をもってその感染症の死亡者数とする考え方である。」(237、以下数字は本書ページ数)この方法を用いた統計は、『日本帝国死因統計』で、そこでの流行性感冒、肺結核等8項目が病因の範囲とされた。

図6-1 月別インフルエンザ死亡者数
この方法によって算出された大正7(1918)年10月に始まる「前流行」のインフルエンザ死亡者は260,647人、翌大正8(1919)年12月に始まる「後流行」では186,673人、合計で453,152人となり、『流行性感冒』の388,000人を上回る。この超過死亡数に依拠した月別のグラフが、左の図6-1 月別インフルエンザ死亡者数(全国)〔1918年一1920年〕である。前流行は大正7年10月に始まり、翌11月に14万人近くまで急激に増加してピークに達し、その後減少に転じる。後流行では、大正8年12月に始まって翌年1月に8万人近くに急増し、その後しだいに減少する。

図6-3 年齢別インフルエンザ死亡率
速水氏は次に男女別を考察されているが、大きな差は見られない。これに対して、図6-3 年齢別インフルエンザ死亡率(全国・男女別)〔1918年一1920年〕では、顕著な特徴を見出せる。なお、分母は国勢調査の年齢別人口である。
この図によれば、死亡率が高い山は2つある。ひとつは5歳までの乳幼児で、もうひとつは25歳から34歳までの生産の担い手である。現在流行しているコロナ・ウイルスでの高齢者に死亡者が多いという特徴とは異なっている。

図6-7-3 府県別インフルエンザ死亡率
府県別インフルエンザ死亡率も重要な特徴を明らかにしている。「前流行」期の死亡率上位五県を取り出すと、香川県・福井県・岩手県・青森県・岐阜県となる。同様に「後流行」期の死亡率上位五府県をみると、兵庫県・大阪府・徳島県・山梨県・沖縄県となる。
以上を、全期間としてまとめたのが、図6-7-3 府県別インフルエンザ死亡率(全期間)である。図で9%以上となっているのが、青森県、兵庫県、大阪府、香川県、徳島県である。大阪府・兵庫県と四国2県が大きな中心地となっている。

以上の分析を詳しく行った上で、速水氏は、「「前流行」の猖獗した県では住民の多くが免疫抗体を持ったので、「後流行」では比較的被害を受けずに済んだこと、逆に、「前流行」では、多くの死亡者を出すほど猖獗しなかった県では、抗体を持った者が少なく、「後流行」で多くの死亡者を出したことを物語っている。そうすると、「前流行」と「後流行」は同一のウイルスによってもたらされた可能性が強いと言えるのではなかろうか。」(260-1)という、もうひとつの重要な結論を導き出されている。

以上で、主に第6章を紹介したが、次回のブログでは、スペイン・インフルエンザの世界的な影響、各国の対応策と日本に関する速水氏の見解などについて検討したい。

さらに詳しくは、書評論文「スペイン・インフルエンザに関する3つの基本文献の紹介論文】(クリックしてください)をご参照ください。


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