2016年11月29日火曜日

新保ゼミ同窓会、連絡にLINEとWeChatの威力


新保ゼミ全卒業生の同窓会


新保ゼミ全学年合同の同窓会のため、とりあえず一度気楽に集まろうと言うことになっていたが、ようやく11月下旬に実現した。

多くの卒業生が仕事の多い東京と出身地の地方にいる、サービス業で働いている場合が多く土曜日夜は仕事がある、かといってそれ以外の日に会合を設定しにくい、等がわかっていたが、とりあえず集まってみようということになった。

その結果、先週土曜日に、20数名が各地から集まり、同じ数のメッセージが欠席者から寄せられた。わざわざ出席してくれていたが、土曜日の夜だったため、途中で仕事に向かうという人も何人もいた。

卒業生達は、様々な分野の最前線で活躍しており、会では年齢と職種を超えて経験を交流できてとても有意義だった。左上は当日の写真のひとつである。

LINE
同窓会準備の連絡で威力を発揮したのがLINEとWeChatである。

まず、日本での連絡はLINEで行うことにした。かなり以前の卒業年度のグループほど人数は集まりにくかったが、それでも全学年にグループができた。学年ごとにグループを作っておけば、学年ごとの同窓会もできる。今のところ、連絡が取れているのは、全卒業生の3分の1ほどである。
LINEはfacebookに比べ、あまり個人情報を公開しなくてもよく、比較的狭い範囲の親しい人どうしで使えるアプリなので、日本やアジアで人気が高まっている。卒業生の中にもfacebookとLINEの両方、あるいはそれぞれのみを使っていると多様なので、LINEのみの人を考慮して、ネットワークは基本的にLINEのみとした。

ところで、私達世代にとって最大の問題は、何人もの人々と、場合によっては同時に連絡するために、スマートフォンでは早く入力できないことである。そこでPC版LINEを使った。
ただしこれにはいくつか制約がある。最大の制約は、相手のスマホによっては、こちらのPCに、「[Letter Sealing]、ご利用の端末では[Letter Sealing]に対応していないため、このメッセージを表示できません。モバイル端末の[設定]>[トーク・通話]で[Letter Sealing]の設定を変更してください。」というメッセージが出て読めないことである。こうなれば、スマホで読み書きする以外にはない。

PCを使えない場合には、入力を簡単にするために、スマホとキーボードをつなぐ方法がある。最近ではどの機器もブルートゥース接続が簡単に出来るので、それが一番簡単である。私は、Logicool ロジクール K380 Bluetooth マルチデバイス キーボードを使っている。キーがやや小さいが、PCとの切り替えが可能である。

WeChat
LINEとともにとても役にたったのがWeChat(微信、中国語読み:ウェイシン)である。この使い方をゼミ卒業生に教わって始めたところ、あっという間に中国にいる多くの卒業生と繋がった。LINEと同じような感覚で、日本語でも使える。ただ、たとえWeChatであれ、政府批判が本格的に行われれば、ただちに遮断されるという。

これから、様々なSNSアプリが現れ、人々のネットワークを多様に急速に拡大させるだろう。それは、過去の住所録だけに頼ったネットワークをもう一度復活させるだろう。
私の卒業生のネットワークもさらに拡大し、全体でも学年ごとでも、卒業生どうしの経験交流と協力の場がいっそう充実することを大いに期待したい。

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2016年10月20日木曜日

スマートフォンが突然起動不能に、その経緯と必要な対策

2014年4月に購入し、特に大きな問題なく使っていたスマートフォンAsus Fonepad Note 6が、18日に突然起動しなくなった。PCでのトラブルはしばしば経験していたが、スマートフォンの重大なトラブルは始めてでとても困ってしまった。
その後の対応と反省をまとめておくので、ぜひ参考にしていただきたいと思う。

まずは、Asusのサポートセンターにトラブルの対応策を聞こうと電話した。一旦は繋がったが、Asusからの連絡は半日以上かかり、結局初期化するしかないとのことで、愕然とした。

メールは主にPCで対応しているので全く問題は無いが、携帯電話が受けられない、そして今や私の重要な連絡ツールになっているLINEとWechatが使えない、使えないばかりか初期化するとトークはすべて消えて無くなることになってしまった。

データの消失はもうあきらめて、初期化しようとしたが、今度はこれも出来ない。もう一度ほんとうに愕然とした。
ここまで来ると全面的な修理に出すか、新しい本体を買うかしかない。修理に出せば、半月ぐらいかかるだろうし、結果として修理代が高くつく可能性もある。と言うことでやむを得ずAsus Zenfone Maxを購入した。
SIMカードは、おそらくそのまま使えるだろうとの楽観的な予測から、新しい本体でそのまま使うことにした。新しい機種で使えるかどうかについてAsusで確認したが、結局はわからないとのことだった。今回は結果としてうまくいったが、次回同様になるかどうかの保証は無い。不安が残る点である。

(以下は自宅のWifiで作業していたので気がつかなかったが、モバイルネットワークに接続する重要な追記である。
移動したSIMカードの設定情報を本体に入力しないと、モバイルネットワークが機能しない。設定/ モバイルネットワーク/ アクセスポイントで、APN、ユーザー名、パスワード、認証タイプをSIMカードに付いている情報にもとづいて入力しなければならない、10月21日追記)

ところで、最初のAsus Fonepad Note 6は格安スマートフォンが拡がり始めた頃のとても優れた製品で、私にはとても役に立った。とりわけ画面が6インチなので、文字がとても読みやすかった。
今回も画面の大きさを重視して、Asus Zenfone Maxを選んだ。画面は5.5インチで現在販売されているものの中では画面サイズが大きい方だが、6インチと比較するとやはりかなり小さく感じる。ただし、カメラやバッテリで優れた性能があるようなので期待した。

現在比較的安く購入できる機種の性能を比較したブログには以下のものがある。あわせて参照してください。参考になります。
【SIMフリースマホ端末】おすすめ6機種をガチで比較した結果

次に今回のようなことが起こらないようにするための対応策をまとめてみたい。
1)スマートフォンには、やはりかなり短い寿命がある。さらに予測しがたいトラブルが生じる可能性があり、メーカーやソフトウェア会社のサポートは不十分であり、第三者のコミュニティ形式のサポートページも少ない。
 要するに、自衛の体制を整える必要がある。

2)スマートフォンで使っているソフトウェアでの個人情報は、言うまでも無く必ず記録しておく。私の場合で言えば結構やっかいだったのはLINEだったが、当然のことながらセキュリティが厳しいので、ログインに手間取ってしまった。

3)蓄積されたデータは必ずバックアップをとっておく。最近は写真のデータをスマートフォンに入れたままの人がいるが、初期化すればすべてのデータを一度に失ってしまう。私の場合は、スマートフォンで写真を撮っているケースは少なかったので被害は少なかった。
私の場合の最大の被害は、LINEとWechatのトーク・データをすべて失ってしまったことである。やはりトーク・データは一定期間ごとにバックアップをとっておく必要がある。

私のブログの参考記事
ファブレットASUS Fonepad Note 6と、スマホ電話SIM フリーDataでスマホを開始(2014.4.11.)
ファブレットASUS Fonepad Note 6と、スマホ電話SIM フリーDataでスマホを開始、その2(2014.5.15)

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2016年9月20日火曜日

白馬へ


暑い暑い夏が終わった頃、本当に久しぶりに白馬に向かった。自宅周辺の気温も少し下がりかけてはいたが、さすがに白馬はすがすがしかった。

ところが、今年の日本列島は何度も大雨と台風に襲われていて、この時期も例外ではなかった。
最初の写真は唯一晴れた最後の日の朝に撮った、白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳である。2枚の写真を重ね合わせているので、境目が少しわかる。次からの写真でおわかりいただけるように、他に快晴になった日と時間は無かった。
それでも、山と森の中を散歩するのは、どこを歩いても気持ちが良い。我が家の周辺にも緑は比較的多いが、それでもスケールがまるで違う。

最初に向かったのは栂池自然園、とても良く整備された道が続く。「園内一周は約5.5km、所要時間はおおよそ3時間30分から4時間」という説明があるが、ゆっくりと景色を楽しみながら歩いた場合と言えるだろう。

写真のように天気は良くなかったし、紅葉にはまだ少し早く、花々が咲き誇るには少し遅かった。それでも山に囲まれた園を巡るのはとても快適。
次に出かける八方池のルートよりはやさしい道なので、ツアーを利用した人々が多かったように思う。

次の日は雨、やむを得ず雨が止んだ午後に、比較的低い北尾根高原に向かった。この高原のことは知らなかったが、宿舎(和田野地区)を少し下った所にあるインフォメーションセンターで見つけて行くことにした。高原にはリフトをひとつ乗り継げば行けるので、短い時間で高原を楽しめる。
もちろん、山並みを見ながら散策出来る道が整備されている。

左の写真は高原で悠然と草を食んでいる牛たち、この地方の高度が低い場所には牛たちを放牧しているところがかなりある。狭い牛舎ではなく、高原に放たれている牛たちはさぞかし満足だろう。それを見ていると私達もほっとする。

メイン・イベントはやはり八方池をめざした山登りだろう。ゴンドラとリフトを乗り継ぎ、最後のリフトから約1時間半と言うことになっている。
残念ながら、池の背景に山々が見え、それが池に映るといういうこともなかった。さらに、途中は雨にたたられてしまったが、池に着いたとたん少し晴れたので満足した。写真では空の色が池に少し写っている。

栂池自然園に比べれば道が険しいが、やはり道が整備されているので、けっして難しくはない。
ルートガイドによれば、八方池から唐松岳は3km、2時間半と言うことなので、時間と体力に自信のある方はおすすめのコースと言えるだろう。

雨が続いたある日、雨の中、八方の麓、和田野を散策したが、ここでおすすめしたいのが霜降宮細野諏訪神社である。最近では、白馬のパワースポットだと言われる。
右側に見えるのは、神社の御神木で、幹廻り10メートル、高さは41メートルに及び、県内有数の巨木とされる。
山登りやスキーの間に一度は訪れる価値のある神社である。

ところで、今回の白馬の旅で感じたことを最後にひとつ。今回の旅ではホテルに宿泊したが、そこでのコンシェルジュが残念ながら今ひとつだったことである。
やはり、最初に、宿泊者に旅の目的やこれまでの白馬での経験等を聞き、適切な目的地やそこでの過ごし方などを教えて欲しかった。
特に、白馬の中心となる八方インフォメーションセンターはぜひ紹介して欲しかった。十分な下調べを怠っていたため、3日目にその場所がわかり、その近辺にいくつかお店もあって、とても役にたった。

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2016年8月1日月曜日

経済・経営の理論と歴史の古典(3) ハイマー『多国籍企業論』

経済・経営の理論と歴史の古典(3)として取り上げるのは、直接投資の理論的な基礎を確立したと評価されるハイマー(Stephen Herbert Hymer)の『多国籍企業論』(The International Operations of National Firms: A Study of Direct Foreign Investment)である。

目次は以下の通り。
 第I部 企業の対外事業活動 対外直接投資の研究
 第II部 多国籍企業の政治経済学
第I部と第II部には、ハイマーの見解に大きな変化があるが、ここでは直接投資の理論を確立したと言われる第I部のみを取り上げたい。

直接投資そのものとそれについての理解は、先のリーマーについてのブログで示した通り、戦間期から一般的であった。しかし、これを理論的に説明しようという試みは戦後になって活発になった。

直接投資と支配
ハイマーは、直接投資について以下のように説明する。一企業をして外国の企業の支配に至らしめる「二つの大きい理由は次の通りである。
一、企業聞の競争を排除するために一国内だけでなく、多数国における企業を支配することが有利な場合がある。
二、企業の中には、特定の企業活動に優位性を持つものがあり、それらの企業は、対外事業活動を行うことによって、これら優位性を有利に利用することができる。」(28、上記書のページ数)

対外事業活動の原因としての優位性の保持
ハイマーが直接投資タイプIIと呼ぶ対外事業活動(International Operations)の原因として個々の企業の優位性が挙げられるが、それについては以下のように説明している。
「企業の優位性というのは、企業が他の企業より低コストで生産要素を手に入れることができるか、または、より効率的な生産関数に関する知識ないし支配を保持しているか、あるいは、その企業が流通面の能力において優れているか、生産物差別を持っているかのいずれかのことである。」(35-7)

先進国相互投資
ハイマーが以上のような理解に至った重要な背景は、当時直接投資全体が増大しただけではなく、日欧の経済的な復活にともない先進国間の相互投資が急増したことが挙げられる。
「投資の相互交流の存在は、私にとって印象的であり、前章に述べた対外事業活動の理論と何ら矛盾しないように思われる。しかし個別利潤率、すなわち特定企業の収益性ではなくて、利子率や一般的利潤率に依存する証券投資の理論によってそれを証明することは困難であろう。」(94)

ハイマーの理論の登場とともに、さまざまな理論が注目され活発な議論が展開された。まず、ダニングの折衷理論である。ダニングは、ハーマーより幅広い視点から、3つの優位で直接投資が行われると考えた。
第1は、企業が,外国の企業がもっていないか、あるいは少なくとも有利な条件で入手できない資産や権利をもっているか入手できる程度。そのような資産(assets)は所有特殊的優位とよばれる。
第2は、所有特殊的優位としての資産をもっている企業が、それらを内部化することにもっとも関心があるか、他国にある企業にこの権利を売却するかどうかである。第3は、企業が生産設備のどの部分を外国に立地するのが有利かを見いだす程度である。
第2の要因における優位は内部化優位、第3の要因における優位は立地特殊的優位とよばれる。

続いて内部化理論である。ハイマーの理論をひとつの土台にしながら、直接投資と貿易の直接的な相互関係を解明しようとしたのが内部化理論である。
A.M.ラグマンなどによって展開された内部化理論は、市場の不完全性、とりわけ過去・現在のR&Dから醸成された、ストックとフローの両構成要素をもつ中間生産物としての情報の市場の不完全性に注目する。このような条件に対して、企業は内部市場を創出することによって対応しようとするから、企業のグローパル化がすすむにつれて、企業内貿易をはじめとするさまざまな企業内取引が拡大してくると考えた。
多国籍企業は海外に投資をすると共に、本社との間で活発な取引を行う。貿易はそのひとつの形態であるが、その結果多国籍企業の企業内貿易が各国間の貿易に重要な影響を与えるようになった。

ところで、直接投資には、戦後になって政治的な独立を達成した発展途上国から厳しい批判が向けられた。多国籍企業による富の搾取という理由からである。その急先鋒に立ったのがUNCTADであった。しかし、その後、積極的に直接投資を受け入れ輸出志向工業化を達成したアジアNIESの発展によって、そのような批判は後退した。現在では、発展途上国は競って直接投資を受け入れ、一部の発展途上国は対外直接投資を推進している。UNCTADも今では以前の方針を180度転換し、直接投資の動向を詳しく示す『世界投資報告』を毎年刊行するようになった。

現在、世界では経済成長の停滞とともに、比較的短期的な結果がわかりやすい金融緩和に過剰な期待がかかり、各国間の緩和競争が繰り広げられている。
わが国でも同様であるが、「金融緩和・通貨安競争」には加わらず、国内での技術革新と構造改革の推進、そして外国への直接投資とわが国への直接投資の積極的な拡大によって、経済の発展をめざすことがいちだんと重要になっていると思われる。

その直接投資の役割にもっと関心を深めるためにも、ハイマーやその後の理論の展開を改めて学ぶことが求められている。

(右の図は、「通商白書2016、第Ⅱ部 世界の新たなフロンティアに挑戦する際の我が国の課題」から)

関連する主要なブログ(経済・経営の理論と歴史の古典)・リーマー『列国の対支投資』、・ バーリ・ミーンズ「近代株式会社と私有財産」

関連する論文:・『論文集 超管理社会をめざす中国と中国企業』【論文pdf版】、・『論文集 戦間期日本企業の海外進出』【論文pdf版】、・『論文集 分断と内向き時代のグローバル企業』【論文pdf版】、・『論文・書評集 戦間期日米関係: 経済・企業システムの共通性と相互依存』【論文pdf版】、・『論文・書評集 戦間期朝鮮経済史と反日種族主義批判』【論文pdf版】

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2016年7月26日火曜日

経済・経営の理論と歴史の古典(2) リーマー『列国の対支投資』

バーリ・ミーンズに続いて紹介したいのが、シー・エフ・レーマー*著、東亞經濟調査局譯『列國の對支投資』(Foreign investments in China, 原著:1933年)である。バーリ・ミーンズの著作に比べれば影響は小さいが、戦間期の世界と日本の対外投資、特に対中投資を理解するのには、忘れてはならない重要な文献である。
(*著者名Remer, Charles Frederickは、左ではレーマーと記載されているが、後の翻訳ではリーマーが採用されている)

戦間期の日本経済を特徴づけるのに、「日本帝国主義」という用語が、未だに十分な理論的・数量的な裏付け無しに、経済発展に否定的な意味で使用されている。しかし、現在の直接投資による受入国の経済発展に対する積極的な貢献を少しでもとらえられれば、戦間期の日本の対中直接投資が、現代と同様の経済発展の牽引役であったことも理解できるはずである。『列國の對支投資』は、戦間期の世界と日本の対中直接投資を理解するために欠かせない重要な著作である。

目次は以下の通りである。
第一篇 總論-外國の投資及び支那の國際經濟=金融的地位
 第一章 緖論 / 1
 第二章 支那の人口及び資源 / 9
 第三章 傳統的支那 / 26
 第四章 現代的經濟關係 / 40
 第五章 支那に於ける外國投資の一般的描寫 / 57
 第六章 事業投資の槪觀 / 82
 第七章 事業投資の意義 / 106
 第八章 支那政府の外債 / 120
 第九章 外國の投資と國際貸借 / 156
 第十章 華僑よりの送金 / 187
 第十一章 貿易及び正貨移動 / 202
 第十二章 支那の國際貸借 / 221
 第十三章 支那の國際的經濟的地位 / 242
 第十四章 結論 / 248
第二篇 各國篇(以下の章編成は略)

リーマーの研究の主な内容をまとめたのが、左の表である。表によれば、1931年の対中投資の総額は32.4億ドルで、中国政府債務が7.1億ドル、直接投資が25.3億ドルである。1902年には総額で7.9億ドル、1914年には16.1億ドルであったから、短期間で急増したと言える。何よりも直接投資額の大きさは、注目に値する。

リーマーは、「財産が外国人の管理及び支配の下にある」(65)投資を、直接投資と定義している。また、上記の表からもわかる通り、「直接投資は、中国における外国投資の主要形態である」(70)とも述べている。
この時期に、直接投資が、世界の新たな時代の新たな重要な投資形態であり、中国においてもそれが主要な形態であることを指摘したことの意味は非常に大きい。
現在では、世界で直接投資が経営資源の移転を伴うため、経済発展に大きな役割を果たすことができるので、投資国だけでなく受入国も競って発展させようとしているのは周知の事実である。

さらにリーマーの重要な指摘は続く。彼は、「支那の経済組織は、1903年に現代的会社形態の組織が用いられるようになされるまで、外国から借り入れる能力がある事業単位を持たなかった。」支那の会社法の最近の形態は、1929年に国民政府によって発布された。しかし、「会社形態の成功は現在まで大ならず」と指摘している。(107)
企業組織の確立、中国経済の近代化がいつ始まったのか、その後どのように発展したのかについての、中国の実情もまたこの著作が説明してくれる。このような現実が、外国の直接投資を増大させていた背景でもある。

この著作については、私の著書Japanese Companies in East Asia: History and Prospects: Expanded and Revised Second EditionのChapter 1 Foreign Direct Investment in the Inter-war Period and Japanese Investment in Chinaで検討している。
また、東亜研究所の一連の研究も、リーマーの研究とともに、包括的な優れた研究である。東亜研究所編『諸外国の対支投資 : 第一調査委員会報告書』、東亜研究所編『日本の対支投資 : 第一調査委員会報告書』。機会を改めて紹介したい。

この著作は国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができる。だが現在は著作権の問題があるので、国会図書館に行くか、全国の公共図書館、大学図書館等(国会図書館の承認を受けた図書館に限る)でしか利用できない。
シー・エフ・リーマー著、東亞經濟調査局譯『列國の對支投資』
また、この著作の原文はHathiTrust Digital Libraryで全文ダウンロードして読むことができる。
Foreign investments in China / by C.F. Remer ...

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2016年7月21日木曜日

経済・経営の理論と歴史の古典(1) バーリ・ミーンズ「近代株式会社と私有財産」

このブログでは、今読み直されるべき経済・経営の理論と歴史についてのいくつかの重要な古典を順次紹介したい。まず、バーリ・ミーンズ「近代株式会社と私有財産」(The Modern Corporation and Private Property, 1932)である。コーポレート・ガバナンスを論じる場合は今でも常に参照される重要な古典である。左はその北島忠男訳、1958年刊である。

目次は以下の通りである。
第1編 財産の変革
第2編 諸権利の再編成
第3編 証券市場における財産
第4編 企業の改組
付録

この書籍の中でもとりわけ重要なのは、豊富な企業のデータを掲載した第1編である。今日ほど情報公開が発展していない1920-30年代に、非銀行業200社とその関連の重要なデータを収集し、以下のような結論を導き出している。

右の図は、バーリ・ミーンズが収集したデータを、私が「日米コーポレート・ガバナンスの歴史的展開」でまとめた表である。(表はクリックすると拡大できます)

バーリ・ミーンズが収集したのは200社であるが、私の右の表はそのうち上位30社を一覧にしている。バーリ・ミーンズは、支配の特徴によって、次のように分類した。
ほとんど完全な所有による支配はA、過半数支配はB、過半数所有がない法的な手段による支配はC、少数支配はD、経営者支配はGである。

この区分で30社をみてみると、Gの経営者支配は13社で、資産額は211.5億ドル、30社合計の55.3%に達する。次に大きなグループはDの少数支配で11社、資産額は109.4億ドル、28.6%になる。
Cは4社で12.1%、AとK(株式の過半数が広く分散されていると信じられ、経営支配力は、大きな少数株式所有者か経営者のいずれかに所有され、おそらくは後者により所有されている)が、それぞれ1社である。Aは、Ford家が全部所有するFordのみであり、KはBethlehem Steel Corp.で、どちらも製造業の企業である。

バーリ・ミーンズが200社について導き出した、経営者支配(G)が、究極的な支配において58%を占め支配的であるという結論が、30社についてもほぼ同様にみいだされることがわかる。

バーリ・ミーンズの結論は次の通りである。
「所有権が充分に細分されているところでは、経営者は、その所有権についての持分が取るに足らない程のものであっても、以上のようにして、自己永存体となることが出来る。この支配形態は、正しくは、「経営者支配」と呼ぶことの出来るものである」 (Where ownership is sufficiently sub-divided, the management can thus become a self-perpetuating body even though its share in the
ownership is negligible. This form of control can properly be called “management control.”)

ところで、バーリ・ミーンズの結論を踏まえて、今日の27か国の企業を包括的に分析した著名な論文は、RAFAEL LA PORTA, FLORENCIO LOPEZ-DE-SILANES, and ANDREI SHLEIFER, Corporate Ownership Around the Worldである。
この論文の結論は以下の通りである。
We find that, except in economies with very good shareholder protection, relatively few of these
firms are widely held, in contrast to Berle and Means’s image of ownership of the modern corporation. Rather, these firms are typically controlled by families or the State.

このように、彼らは、現代でもバーリ・ミーンズ型の企業は支配的ではないと主張しているが、今日でもバーリ・ミーンズの方法と結論が参照されているほど影響は大きい。バーリ・ミーンズ「近代株式会社と私有財産」は、今でも改めて読まれるべき古典である。

ちなみに私も、以下の私のWeb siteで、最近ではドイツやフランス企業を例として、家族や国家の影響が今なお強いことを明らかにしているが、それは固定的ではなく、徐々に収斂していることもまた指摘しておく必要がある。

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2016年7月6日水曜日

太田彩『伊藤若冲作品集』で若冲の全作品を愉しむ

太田彩さんの『伊藤若冲作品集』が刊行された。左図は内表紙である。

作品集の目次は次の通りである。
「はじめに 広がる若冲、伝わる若冲の想い
近づいて観る動植綵絵ー生命を映す色彩の魔術
評伝 伊藤若冲ー十八世紀の京に生きる
動植綵絵ー畢生の大作を愛でる、愉しむ
 動植綵絵 釈迦三尊の荘厳画として制作された全三十幅
 若冲の彩色画ー明らかになったその驚くべき表現技法に迫る 《動植綵絵》を好例として
 コラム 動植綵絵の謎
生命美を彩るー生命への真摯なまなざし
 コラム ありのままの姿を美とした、十八世紀という時代
 文芸ネットワークと若冲
 墨画の妙
 不思議な画面ー枡目描き
 僧侶との交わりー自身を高め、深める
特集 版画
若冲その後 魅了し続ける若冲」

太田彩さんの研究については、私の以前のブログ「『伊藤若冲 動植綵絵 調査研究篇』、Jakuchu Itoh」でも「『若冲原寸美術館 100%Jakuchu!』、原寸図で若冲を楽しむ」でも紹介した。これまで紹介した太田さんの研究は動植綵絵に関するものが中心だったが、今回は若冲のすべての作品についての研究となっている。

まずは動植綵絵についてである。動植綵絵については、三十幅が1ページごとに掲載されている。そして、「若冲の彩色画ー明らかになったその驚くべき表現技法に迫る 《動植綵絵》を好例として」の箇所で、七つの技法について、次のようにまとめている。
1 裏彩色の効果、2 絵の具の緻密な使い分け、3 裏彩色のトリック、4 輝く白の表情、5 裏彩色を使った空気遠近法、6 顔料と染料の複雑な併用効果、7 赤の衝撃。

次に、ページはぐっと下がって、「墨画の妙」を紹介しておこう。
『伊藤若冲作品集』では116ページに菊花図が掲載され、小林忠氏が筋目描きと呼んだ若沖の独創的技法を紹介している。「これは墨の広がりが互いに接する時にその境界となる部分に支持体の紙の色が残るという画せん紙の性質を利用したもの」(117)である。
ところが残念なことに、『伊藤若冲作品集』では,図が小さく説明が理解しにくい。ここでは、『pen 若冲を見よ』(2015.4.1)の図を右に掲載した。この書もまた、若冲の作品を見事な図版で楽しむには格好の書である。

続いて、「特集版画」である。
若冲が生きた時代は、浮世絵版画発展した時代である。これらを若冲はどのように学び、自身の作品にどのように導入しようとしたのか、興味深いテーマである。

左図は、「拓版画」と呼ばれる作品である。「白黒のみで表現する効果を十分に知り得て、単純化したモチーフのなかにも十分に風情、表情を示している」「またひとつは多色摺の花鳥版画である。地を黒くしている点では拓版画を意識しているが、墨面は木版摺で、色面は型紙を用いて筆で彩色する合羽摺の技法も用いているとみられ」(122)る。

そして、右の「桝目描き」である。
「画面全体を同じ大きさの小さな正方形の集積とし、そのなかにそれぞれに彩色を施して図様を描き上げるという、ほかに例を見ない描き方による作品が、近年の若冲人気のひとつの原動力になっている。」(137)

この方法による作品は4つある。右の<白象群獣図>と、<鳥獣花木図屏風>(プライス・コレクション)、<樹花鳥獣図屏風>に、現在所在が不明の幻の作である。
現存の三点のうち、若冲の確実な作品であると見解が一致するのが<白象群獣図>である。しかし、若冲の印が無い2つの作品については、描法やモチーフの点で、若冲の作品であるかどうかについて論争がある。

以前に私のブログで紹介した、佐藤康宏氏の『もっと知りたい伊藤若冲 改訂版』は、プライス・コレクションの作品としてしばしば登場する<鳥獣花木図屏風>は、「絶対に若冲その人の作ではない」と断定している。重要な批判であるので、太田さんも指摘するように、今後、「多角的に、客観的に考察が論じられることを期待したい。」(137)

最後に、左の図「売茶翁像」を紹介したい。 売茶翁は大典とともに、若冲が敬愛する人であった。若冲はこれらの人々の影響を強く受けているようである。

ところで、「動植綵絵」は自然界に生を受けたありとあらゆるものを描こうとする試みであるが、人物が登場しない。他の作品でも、このような僧を除いて、人物画は少ない。特に同時代を生きる市井の人々が描かれていない。様々な人々の日常を豊かに描いた、同時代の浮世絵とは大きく異なる点である。

若冲が人々の日常生活に関心が無かった訳では無い。若冲が錦の青物市場の危機を救うため奔走していたことが今では明らかにされている。では、なぜ周辺の人々を描かなかったのだろうか?

ともあれ、太田彩さんの『伊藤若冲作品集』は、動植綵絵をはじめとする若冲の膨大な作品の全体を、研究の最前線の成果による解説を付けた、すばらしい書籍である。内容と比較して価格も決して高くなく、画像も美しいので、ぜひとも多くの人々が読まれることをお薦めしたい。

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