2026年7月11日土曜日

「第50回土佐赤岡絵金祭り」が来週開かれます(2)

前回のブログ:「「第50回土佐赤岡絵金祭り」が来週開かれます(1)」に続いて、(2)は、絵金の代表作である芝居絵屏風を3つ紹介します。それぞれが複雑なストーリーなので、ここでの説明は、その中心となる一部であることをご了承ください。なお、作成にあたっては、前出の書籍や、絵金蔵の蔵通信を参照しました。なお、画像をクリックしていただくと、拡大できます。

まず、最も良く知られている「伊達競阿国戯場 累(だてくらべおくにかぶき かさね)」。
中心となる人物は、中央に見える、姉の怨念により醜女と化した悲しい女、。左下の夫である与右衛門(谷蔵)は、右の、主君頼兼の許嫁である歌方姫を匿おうと連れてくるが、累は自分の醜貌に絶望し、夫が浮気していると誤解し、嫉妬と姉の怨念で二人に掴みかかる。
背景には、姉妹の因縁解脱の旅に出る兄の姿も、小さく描かれている。

次に、「播州皿屋敷 鉄山下屋敷」。
主家の乗っ取りをたくらむ、右上の細川家家老の青山鉄山は、細川家の唐絵皿を見分したいと望み、そのうちの一枚を懐に隠す。右下の弟である忠太は鉄山に協力する。そのことに気づいた、中央の、細川家家臣舟瀬三平の妻であるおを、鉄山は責め立て惨殺してしまう。
左上には、鉄山に騙されたことを知ったお菊が、各地を転々と逃げ回る鉄山を切腹に追い込み、鉄山の首を抱えている画が同時に描かれています。

最後に、「花衣いろは縁起 鷲の段」。
大鷲が突然下りてきて、山中左衛門尉義継妻小督の息子の三之助をつかんだ。小督は三之助にしがみつき着物の紐をとらえ、義継もあわてて駆け戻ったが、大鷲はあっという間に舞い上がってしまう。
この画は、この激しい動きを見事に捉えたが、画の中心には、小さく百姓長三郎や、三之助が乗っていた牛が描かれている。

これらの画に見られる、絵金の作品の特徴は、1)情念や怨念に注目した歌舞伎の、動きの激しい画面を描いている、2)特に「播州皿屋敷 鉄山下屋敷」に見られるような、グロテスクで残酷な場面がしばしば見られる、3)そのことにも対応して、血の色である赤色などの原色がよく使われている、4)ひとつの画面に、複数の場面が描かれている、などである。
これらの特徴は、同時代の他の画家や浮世絵師には見られず、絵金独特の世界となっている。

最後に、絵金の多様な作品のひとつを補足します。左が「常盤御前図」、右が「大原女図
常盤御前図は、「一見、黒一色のシンプルな作品だが、常磐の衣には金泥で模様が描き込まれており、光の当たり具合で表情を変える繊細な色彩表現が美しい。」(『絵金 闇を照らす稀才』)
この作品以外にも、絵馬、軸、絵巻、横幟、白描、絵本など、絵金の能力が発揮された幅広い作品があるので、ぜひあわせて参照してください。


「第50回土佐赤岡絵金祭り」が来週開かれます(1)

第50回土佐赤岡絵金祭り」が、来週7月18日(土)・19日(日)午後6時から午後9時に開かれます。

絵金は、「幕末から明治初年に活躍した土佐の町絵師。通称を金蔵といい、絵師金蔵という意味の絵金の名で親しまれた。・・・土佐の城下新市町の髪結いの子として生まれ、幼少から画業に志し、藩のお抱え絵師池添美雅に師事して画才を認められた。

17歳のとき、藩主山内容堂の息女徳姫の供に加わり江戸へ出、幕府の御用絵師狩野洞白について狩野派の画法を習得、同時に末期浮世絵の退廃的表現にも深く影響された。3年後に帰国して藩のお抱え絵師に取り立てられるが、数年後にスキャンダル(一説に狩野探幽らの偽作を行うという)によりその地位を失い、以後、在野の画工としての絵金時代に入る。」(小林 忠、日本大百科全書(ニッポニカ))

さて、絵金の作品については、絵金祭りのwebsiteでもわかりますが、さらに詳しく知るためには、鍵岡正謹監修・著/中谷有里、横田恵著『絵金 闇を照らす稀才』東京美術、2023年をお薦めします。

目次は以下の通りです。

「はじめに:中谷有里、絵金の画業と絵金文化:中谷有里、第一章 絵金が学んだもの:中谷有里、第二章 語り物の表現① 芝居絵屏風:中谷有里、第三章 語り物の表現② 絵馬提灯:横田 恵、第四章 語り物の表現③ 絵巻・横幟・白描:中谷有里、第五章 絵金の人柄が伝わる作品:中谷有里、第六章 絵金さんたちの土佐芝居絵屏風:横田 恵、年譜、作品リスト/絵金を知るためのブックリスト」

この著作では、章構成からわかるように、絵金の多様な作品を知ることができて、とても参考になります。

次のブログでは、絵金の代表作を紹介したいと思います。