2018年11月8日木曜日

歌麿の「世界で最も美しい画本」を紹介する浅野秀剛『歌麿の風流』

以下の内容を踏まえたYouTube動画を作成しました。「岡田美術館で歌麿の「雪月花」三部作を見る」、ぜひご覧ください。https://youtu.be/c2GCTUIQYKw (2023.9.23)

2013年5月2日に「世界で最も美しい画本:喜多川歌麿、Kitagawa Utamaro」を作成したが、紹介内容が少なすぎたのでここで大幅に増補改訂したい。
このブログは、歌麿の『画本虫撰』『潮干のつと』『百千鳥狂歌合』という主に3つの絵入り狂歌本を掲載した浅野秀剛『歌麿の風流』(小学館、2006年)を紹介した。『歌麿の風流』の表紙の帯にはこう書かれている。「世界でもっとも美しい「絵本」・・・子どもから大人まで、誰もが楽しめる浮世絵の世界を、最高水準の印刷技術で再現」。これらの狂歌本は歌麿のあまり知られていない重要な作品群でもあり、ぜひとも多くの人がこの書を通じて味わっていただきたい。

『歌麿の風流』p.8-9
3つの狂歌本を年代順に見ていこう。まず、『画本虫撰』(天明8年(1788))である。
「蝶 蜻蛉」、「白雲母を使った蝶と蜻蛉の羽に注目していただきたい」(かっこ内の解説は、著者によるもの、p.20、以下同じ)すべての画像はクリックしていただくと拡大され、よくわかります。
蝶の羽根は雲母で美しく輝き、蜻蛉は羽根が実に細かく描かれている。
なお、左の絵は、原本『画本虫撰』の見開き2ページの部分絵を少しずらして掲載している。

『歌麿の風流』p.14-15

右は、ひとつの画のように見えるが、実は『画本虫撰』の「虻 芋虫」(右半分)と「蛇 とかげ」(左半分)を合成している。
芋虫は葉を背景に、きめだしのみで描かれ、それが体型をうまく表現している。
「雲母がかけられた蛇の肌のぬめりにゾクゾクさせられる」(23)背の部分の雲母は黒雲母と思われるが、腹の部分は薄緑色と、うまく対照的に描き分けられている。


『歌麿の風流』p.30-31

次に『潮干のつと』(寛政1年(1789)年)。
この絵も2枚の原画の合成である。左の図の左上の「「きめだし」で表わされた、さざえの蓋の質感は見事というほかはない。」(36)
右下のあわびは、「うごめく身は不気味でさえある。」(37)
ここでも、ぜひ画を拡大して見ていただきたい。ともあれ、彫りと摺りの技術でこれほどまで立体的に表現出来るとは驚きである。


『歌麿の風流』p.52-53

3つめの狂歌本が『百千鳥狂歌合』(寛政2(1790)年頃)である。
右の図は、原画の「四十雀 こまどり」の部分図だが、こまどりと菊の位置は少しずれて掲載されている。
「「きめだし」で表わされた菊花と、こまどりの鮮やかな存在感が出色。」(63)
菊の花は、先の画の芋虫よりもはるかに大きく、色を使わず細かな模様をつけたきめだしのみで豊かに表現されている。

『歌麿の風流』p.56-57

最後の1枚、「鴨 翡翠(かわせみ)」が左の部分、右は「かし鳥 ふくろう」で合成されている。
「鴨と芦に留まる翡翠の鮮やかな色調により、本画帖中でももっとも華やかな1図となっている。」(65)鮮やかな色で目立つのは雄鳥だが、その後ろには雌鳥が見える。
右の図のくりくりとしたふくろうの目、留まっている木の枝も複雑に表現されている。


このように、3つの狂歌本は、多数の動植物の様々な表情を豊かに描き、歌麿の重要な作品群となっている。浅野秀剛『歌麿の風流』は、『画本虫撰』などの3つの絵入り狂歌本以外にもいくつか紹介している。
なお、3つの狂歌本を紹介した最近の本には、菊池庸介『歌麿『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』』もある。こちらも印刷はとても良いので、版が小さいのが残念だが、おすすめのひとつである。

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2018年10月19日金曜日

『小原古邨の小宇宙』

小原古邨の小宇宙』(小池満紀子著、青月社)が、最近刊行された。古邨は明治10年2月9日に、現在の石川県金沢市に生まれた。彼の作品が外国向けの土産物として制作され、海外で評価されていたため、国内ではあまりよく知られないまま今日に至ったと言う。

最近になって、原安三郎氏のコレクションに多数所蔵されていることがわかり、改めて注目されている。『小原古邨の小宇宙』は、古邨の作品をまとまって紹介した最初の本である。この本がぜひ多くの読者を得て欲しいが、あわせてこれに続いて本格的な研究が発表されることを期待したい。



蓮に雀
青月社編集部は、原安三郎氏のコレクションについて次のように説明している。「小原古邨の作品は260点あまりを所蔵。・・・これほどまとまって所蔵されている例は国内では類を見ない。加えていずれも初摺で保存状態が良く、質量ともに日本屈指の古邨コレクションといえる。」(上掲書95ページ、以下同じ)

いくつか代表的な作品を紹介しよう。多くの読者が、現代に受け継がれた繊細で美しい古邨の花鳥画の版画世界に魅了されることは間違いない。できればもう少し鮮明な画像にして欲しかった。また、制作年時などの基本情報を詳しく掲載して欲しかったと言うのが、私の率直な感想である。

右上は、本書の表紙にも選ばれた、「蓮に雀」である。鮮やかな蓮の花の右上に小さな雀が見える。蓮の葉からの長く伸びるしずくも印象的である。

崖上の鹿
左は、「崖上の鹿」である。ここでは、「・・・山肌には、きめ出しとよばれる木版画の高度な彫りと摺りの技が見られ、画面に生じた凹凸と和紙の風合いとによって、雪の質感を表現しています。」(73)
きめ出しとは、「色摺が済んだ絵を版木にのせ、絵具をつけずに板の窪んだ部分を紙の裏から刷毛やブラシで叩くように隆起させ画面の一部分に立体感を出す」手法。(アダチ版画)

雪の柳に烏
右は、「ラフカディオ・ハーンの遺著となった“Japan an Attempt at Interpretation"の表紙」(93)となった有名な作品「雪の柳に烏」である。ここにも「漆黒の烏の羽には、正面摺という木版画独特の技法」が用いられている。(83)
正面摺は、「絵が摺り上がった後、光沢を出したい部分の下に模様を彫った版木を置いて表面からこする方法」(サライ)。

本書では、拡大図が掲載されているので、羽根の部分を目をこらして見るとよくわかる。この作品の高い評価は、おそらくこの羽根の摺りと、枝に積もった雪に使われているきめ出しによるのではないだろうか。

このように、作品の質感を表現する、江戸時代から受け継がれた代表的な手法が、様々な場面で使われている。:最下段に掲載)

桜につがいの孔雀
最後に豪華な1枚、「桜につがいの孔雀」である。小原古邨の作品は色彩が抑えられているが、この作品は最も豊かな色彩で豪華に描かれているように思われる。雌の孔雀が雄の見事に拡げた羽根に隠れて見え、背後には桜が咲き乱れている。

ところで、2009年に「よみがえる浮世絵~うるわしき大正新版画~」という展覧会が、東京江戸博物館で開かれた。会では、「大正から昭和前期の近代東京において発展し、 海外からも高い評価を得た「新版画」の代表作品を一堂に紹介!」として、橋口五葉、小早川清、川瀬巴水、笠松紫浪、山村耕花、吉田博などとともに、小原古邨の作品も展示されていた。

私のブログ『吉田博 全木版画集』では、吉田博の作品を紹介したが、激しい水の動きなどの自然と、世界各地を対象にした、小原古邨とは大きく異なる作品群だった。今後も、近代の版画作品がもっと紹介され、江戸時代に比べてどのような発展と進化があったのかが明らかになることを期待したい。

:江戸時代の浮世絵には、「雲母や胡粉による華やかさの演出、きめだし・空摺・ぼかしなど、卓越した摺りが支えた、(喜多川歌麿の)「世界でもっとも美しい絵本」」(浅野秀剛『歌麿の風流』)がある。その一部は、私のブログ「歌麿の「世界で最も美しい画本」を紹介する浅野秀剛『歌麿の風流』で紹介した。

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2018年10月2日火曜日

「西宮市立甲陵中学校 37年卒 みんなのブログ」を紹介

私が卒業した中学校の卒業生の立派なブログ西宮市立甲陵中学校 37年卒  みんなのブログを紹介したい。私達が卒業して半世紀近くになっているが、ブログがある学年はそれほど多くない。ブログを開始し、日々更新している人々に感謝して、そのページを紹介したい。
ゴルフを得意とする人が多いので、トップ・ページは「第23回 甲陵中S37卒ゴルフコンペ 成績発表」となっている。それだけではなく、同窓会やその幹事会は何度も開かれていて、メンバーはとても仲が良い。もちろん今では現役は少ないが、社会の様々な場で活躍されてきたひとばかりである。ただし、とても残念なことに、最近は同級生にも訃報を聞くことがある。

なお、中学校には立派なホームページがある。ぜひご覧いただきたい。多彩な内容で校歌も流れてくる。

また、以下は私達が教えていただいた先生方である。写真が示すように、中学校は西宮市の甲山の麓にあった。左の少し奥の方には関西学院の時計塔も写っている。


私達が10代半ばなので、当時の先生方は30歳代とすると、今では80歳を超えておられることになる。何人の方がお元気でお過ごしだろうか。この歳になっても先生方が話されたこと、注意されたこと、小さな振る舞いなど覚えていることがある。

清水先生(右から2人目):私達の担任の先生。野球全盛の時代にサッカーを持ち込み、その姿があまりにかっこよく、女子生徒にはとても人気だった。スポーツマンであると共に、授業の黒板やノートなどはとても丁寧で美しい字を書かれていたことを思い出す。今もご健在である。

国井先生(左端):この世代の生徒で国井先生を思い出さない人はいないと思う。甲陵中学にはかなり広い梅林があった。梅林の手入れはとても大変だったと思われるが、それを一身に引き受けられたのが先生で、私達は職業・家庭の時間に手伝った。とても厳しい先生で、梅林や生き物の大切さを教えてくださったのだろう。

右は、この梅林の沿革を記載した西宮市の説明(碑?)である。「梅開く---甲東園梅林」から転載させていただいた。

西川先生(左から3人目):音楽室には、バッハやベートーベンなどの作曲家の肖像画が掲げられ、様々な楽器があって、独特な雰囲気だった。今回、校歌の作曲が西川先生によることに気がついた。すごい先生だったのだと改めて振り返った。

右から順に、戎居先生:国語、清水先生、佐々木先生:英語、山内先生:社会、建先生:理科、北脇先生:※、小籔先生:数学、沢先生:国語、久保先生:※、左から3人目は西川先生:音楽、佐野先生:※、国井先生。
※印の北脇先生、久保先生、佐野先生には、クラスが多かったので、私が教えていただいていないのか科目の記憶に無い。申し訳ありません。

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2018年9月20日木曜日

"Leonardo Da Vinci: The Complete Paintings and Drawings"を紹介します

『岩窟の聖母』ロンドン版、部分
Frank Zoellner and Johannes Nathan, Leonardo Da Vinci: The Complete Paintings and Drawings, Taschen, 2011を紹介します。
これは2巻から成り、箱に入っている。Volume I The Complete Paintings, p.252, Volume II The Graphic Work, p.699.

この膨大なページ数から成る、印刷のきわめて鮮明な本を、2011年8月に購入していたが、なんと当時は2208円、特別な安さだった。現在は5071円。どうしてこのような値段で制作できるのか、全世界で販売できるからだろうか。本当に不思議であり、喜びである。最近改訂版も出ているようである。

そして、この本のもうひとつの重要な特徴は、主要な作品が画像が大きく拡大されていることである。ここまで精細に紹介されると、絵から受ける印象が全く異なって見える。以下では、すべて部分図を掲載した。一部の画像は2ページにわたっているので、肝心の部分に筋が入ってしまっているのは残念である。
本ブログでは、Volume Iを、私の特に好きな絵を中心に紹介します。

『岩窟の聖母』ロンドン版、部分
『岩窟の聖母』第1作がルーブル美術館に(1483-86年制作)、第2作がロンドン・ナショナル・ギャラリー(1506年以前)にある。後者も最近ではレオナルド自身による作品とみなされるようになっている。

本ブログでは、聖母マリア(最上段左)と天使(右)の両方ともロンドン版を掲載した。ともにロンドン版の方が、光が強く当たり、表情が鮮明で美しい。ダ・ヴィンチを代表する女性像である。

この2つの作品の違いについて、裾分一弘氏は『もっと知りたいレオナルド・ダ・ヴィンチ』で4点を挙げている。そのうちのひとつが、「マリアの顔に当たっている光の具合が微妙に異なり、ロンドンの作品のほうが、陰影が濃くなっている。」である。(p.30)

『聖アンナと聖母子』ロンドン版、部分
『聖アンナと聖母子』、やはりルーブル美術館(1510年頃)とロンドン・ナショナル・ギャラリー(1498-99年頃)の両方にある。『聖アンナと聖母子』の場合は、ロンドン版がかなり早い段階のものだとされているし、絵からわかるようにかなり未完成である。

ルーブル美術館版は独特な構図で完成された作品である。ロンドン版の聖母マリアの表情が聖アンナに比較して微笑みがずっと優しく、ルーブル版は表情がとても抑制的に見える。

『聖アンナと聖母子』ルーブル版、部分
やはり裾分一弘氏は4点の違いを挙げている。「ルーヴルのアンナがあくまでも穏やかさをたたえているのに比ぺ、ロンドンの作品ではその目が印象的だ」「ロンドンの作品でかすか微笑みを浮かべているのに対して.ルーヴルの作品では憂いが強調されているようである」(p.70)

この2枚の代表作のそれぞれの2つの作品が、どうしてこれほどまでに違うのか、とても興味深いが、考え込んでしまう。

『洗礼者ヨハネ』、ダ・ヴィンチの遺作だと言われる。ダ・ヴィンチが、『モナ・リザ』と『聖アンナと聖母子』とともに最後まで持っていた作品である。

背景はこれまでしばしば登場した遠近法で描かれた自然ではなく黒一色で、洗礼者ヨハネのみが描かれている。その独特な微笑みとともに、人差し指が天に向けて指し示しているが、それが何を意味するかを私達に問いかけているようにみえる。
『洗礼者ヨハネ』、部分

いうまでもなくLeonardo Da Vinci: The Complete Paintings and Drawingsには、これ以外にも多数の作品が掲載されている。ぜひ実際に手にとってご覧いただきたいと思う。何度も読み返す内に、最新版の5071円でも、改めてその安さに驚くのではないだろうか。

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2018年8月16日木曜日

DVD 東京裁判をもう一度紹介します

今日は8月15日で、第2次世界大戦が終了した日である。この戦争とその後の東京裁判について見直すために、私は2012年8月16日に「DVD「東京裁判」を改めて見直す」というブログを作成した。

DVDの内容を改めて詳しく紹介するつもりだが、そのブログで欠けていたDVDそのものの基本情報をあらかじめ簡単に紹介したい。DVDに付属しているしているリーフレット(ここをクリック)である。リーフレットは、「解説」「裁かれる日本の十七年八ケ月」「法廷を構成した人たち」から成っている。

上記の私のブログは、裁判で最も注目すべき一人のブレークニー弁護人の弁護内容を、DVD「東京裁判」の字幕とナレーションに基づいて紹介したものである。もう一度以下に掲載したい。

『戦争裁判余録』から
ここでは、当時の被告人弁護団の活動についてふれておきたい。特に、ベン・ブルース・ブレークニー(Ben Bruce Blakeney, 1908年-1963年3月4日)氏の活躍は、特筆すべきものであった。彼らの活躍は、アメリカの民主主義の強さを象徴している。

ブレークニー弁護人の弁護内容を、DVD「東京裁判」の字幕とナレーションで紹介しておこう。
「戦争は犯罪ではない。戦争に関し国際法の法規が存在していることは、戦争の合法性を示す証拠であります。戦争の開始、通告、戦闘方法、終結をきめる法規も、戦争自体が非合法なら全く無意味です。国際法は、国家利益の追及の為に行う戦争をこれまでに非合法と見做したことはない」
「歴史を振り返ってみても、戦争の計画、遂行が法廷において犯罪として裁かれた例はひとつもない。我々は、この裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負を承知している。しかし、そういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか。“平和に対する罪”と名付けられた訴因は、故にすべて当法廷により却下されねばならない」
「国家の行為である戦争の個人責任を問うことは、法律的に誤りである。何故ならば、国際法は国家に対して適用されるものであり、個人に対してではない。個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷が裁くのは誤りである。」「戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪ではない。戦争が合法的だからです。つまり合法的な人殺しなのです。殺人行為の正当化です。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかったのです。」
「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も我々は承知している。彼らは、殺人罪を意識していたか?してはいまい。我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからです。何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、それを黙認したものがいる。その人達が裁いている。」
(上記DVDの「前編 47.弁護側補足動議 ファーネス、ブレークニー両弁護人」から)


なお、ファーネス弁護人は、ブレークニー弁護人の発言に先立って、「真に公正な裁判を行うのならば、戦争に関係の無い中立国の代表によって行われるべきで、勝者による敗者の裁判は決して公正ではありえない。」と簡潔明瞭に述べている。

ブレークニー、ファーネス両氏については、豊田隈雄著『戦争裁判余録』(泰生社、1986年)に、「学究ブレークニー、天城山に死す」「芝居好きのファーネス」として紹介されている。あわせて参照していただきたい。ここに掲載した両氏に写真は同書から転載させていただいた。

2018年8月10日金曜日

佐川美術館「⽣誕110年 ⽥中⼀村展」


ビロウとアカショウビン
ビロウとコンロンカ
佐川美術館開館20周年記念の第⼆弾特別企画展として、「⽣誕110年 ⽥中⼀村展」開催されていたので、とても楽しみにして出かけた。テレビでも同様の企画がいくつもあって関心が高まっていたのだろう。平日にもかかわらず多くの人々が参加していた。

まずは、美術館の壮大さに驚く。敷地面積が28,871.58平方メートル、建築面積が6,280.08平方メートルだという。それだけではなく、周囲が水で囲まれ建物が水に浮かんでいるようでとても美しい。

「⽣誕110年 ⽥中⼀村展」は4つの章に分かれていて、多数の作品が展示されていた。これらの一連の作品から、最後期の「奄美時代」にどう至ったかを見るというのが、今回の展覧会の大きなねらいだと言えるだろう。
第⼀章 ⻘少年時代、若き南画家(1915〜1930年︓7歳〜22歳)
第⼆章 千葉時代、新しい画⾵の模索(1931〜1946年︓23歳〜38歳)
第三章 ⼀村誕⽣(1947〜1957年︓39歳〜49歳)
第四章 奄美時代、旅⽴ちと新たなる始まり(1958〜1977年︓50歳〜69歳)

しかし、田中一村を長く見続けてきていない私には、まずは「奄美時代」の作品がどのような作品なのかをできるだけ多く見たいというのが率直な気持ちだったので、今回の展示にはやや不満が残った。期待が大きすぎたと言うことかもしれない。ともあれ、一村の理解には欠かせない、大矢鞆音氏の『もっと知りたい 田中一村』に依りながら(以下の作品名はこの書籍から採った)代表作を見ていきたい。

まず、ビロウとアカショウビン(1962、最上段左)と、ビロウとコンロンカ(1962-63、最上段右)である。大矢氏の書籍の表紙を飾る、ビロウとアカショウビンは奄美に渡って聞もない頃に描いた作品で、それまでとは非常に異なった対象を本格的に描いた象徴的な作品である。ただ、これまでに描かれた鳥たちと異なって、中央にとまっているアカショウビンはやや平板に見えるのはどうしてだろうか。
ビロウとコンロンカは、「枇榔樹の森に崑崙花」として展覧会場に掲げられている。画面いっぱいにピロウ樹があり、その中央に絹の白さを生かしたのコンロンカのがくが一面に描かれている。その白さは、レビュー作の「白い花」(1947)に通じる作品と言えるだろうか。「ビロウ樹、右手前から出る葉に「堀り塗り」の手法を用い、俵屋宗達の「牛図」、伊藤若冲の「菜蟲譜」などを想起させる意欲作だと言う。」(『もっと知りたい 田中一村』、p.77、以下同じ)

榕樹に虎みみづく
アダンの海辺の図
左は、榕樹に虎みみずく(昭和40年代)である。榕樹(ガジュマル)が画面いっぱいに拡がっているその最上部に虎みみずくがじっとこちらを見つめている。また、右中央のハマユウの花から強い光が放たれている。
大矢氏が書かれているように、「厚塗りの難しい絹本に、一気に描いていく画家のカを思う。」(81)他の作品でも同様だと思われた。

右はアダンの海辺の図(1969年)で、展覧会には「アダンの海辺」として飾られている。大きく成長したアダンと繊細に描かれた海岸、遠くまで見通せる奄美の海、高い雲、奄美の田中一村を象徴する作品だと思われる。

クワズイモとソテツ
本ブログに掲げる最後の作品が、クワズイモとソテツ(1974年)である。一村は、この作品とアダンの海辺の図を「閻魔大王への土産品一命かけた一作」(92)と呼んだという。彼が亡くなったのは1977だったので、最晩年の作品である。
 (死亡した年の表記に誤りがありました。お詫びして訂正いたします)
何よりも最初にその色彩の豊かさに驚く。真っ赤なクワズイモの実が登場する。さまざまな方向に伸びるクワズイモの成長の力が、画面いっぱいにあふれている。
一村を日本のルソーとかゴーギャンなどと評価する人もいるが、そういう評価が生まれるのも納得する一枚だろう。

以上の5枚の作品だけでも、絵の対象、構図、色使いなどの描き方など、一村が奄美の自然の中でそのつど新たな世界を開いているように思われる。もし、彼がもう少し長生きできていたら、またひとつ違う世界が生み出されたのだろう。

水に取り囲まれた佐川美術館、そして田中一村の展覧会、さらに平⼭郁夫⽒、佐藤忠良⽒、樂吉左衞⾨⽒の作品も同時に見られるので、かなり混み合うので時間を選ばないといけないが、ぜひ多くの方が見に行かれることをおすすめしたい。

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2018年8月5日日曜日

『中国株二季報』でみる中国企業50社

私の私のWebsite、中国の代表的な企業50社について、『中国株二季報 2018年夏秋号』(DZHフィナンシャルリサーチ編)によってまとめた論文を掲載した。本ブログはその要約である。
なお、論文は『中国株二季報』でみる中国企業50社(最新中国企業分析(1))論文】(クリックしてください)で読むことができます。

『中国株二季報』は2001年に創刊され、今では中国企業に投資する必須の文献のひとつとなっている。
最近激しさを増している、トランプ政権の対中貿易戦争を理解するためには、これらの文献によって、両国の経済を担っている代表的な企業の動向を捉えることが不可欠である。

その論文で取り上げた中国企業の50社は、4-Traders のChinaとHong Kongの株式時価総額順(2018年7月15日)の企業群に、『中国株二季報』に掲載された海外市場に上場している6社を追加した、時価総額順の上位50社である。

以下の表1は50社のうち上位10社のみを掲げている。中国最大の企業はインターネット通販の阿里巴巴集団控股有限公司(Alibaba Group Holding Ltd.)である。持株会社はもちろん、子会社のいくつかはタックス・ヘイブンのCayman Islandsで登録されていて、Cayman Islands企業として活動している。当然ながらその目的は節税や情報の秘匿であると思われる。
Alibabaの急激な発展を支えたのは、インターネット通販という新たな事業を確立したことであるが、何よりもそれを中国という巨大な市場で実現したことである。
Alibabaの事業は、CtoCのTaobao(淘宝網)、BtoCのTmall(天猫)が中核である。Alibabaの決済を担っているのは、新たに33%の株式を取得した 、Ant Financial Services(螞蟻金融服務集団)の傘下のAlipay(支付宝)である。SNSの新浪微博公司(Weibo Corp.)も傘下にある。
クリックすると拡大できます、次の図も同様です
Alibabaと並ぶ二強のもうひとつは、騰訊控股有限公司(Tencent Holdings Ltd.)である。Tencentは、対話アプリWeixin(微信、海外ではWeChat)やポータルサイトQQ.comを基盤にゲームやスマホ決済、動画配信などを展開している。
ところで、GoogleやFacebookは、世界で幅広く活動しているが、中国共産党政権はそれらの活動を認めていないため、その特殊な条件の下で、Tencentはその事業を急速に拡大している。TencentにおいてもAlibabaと同様に、個人情報を含むさまざまな情報は共産党政権が収集し監視している。監視は中国人と中国企業はもちろん、当然のことながら中国で生活する外国の個人、事業活動を行う外国企業にも及んでいる。それらの情報がどのように用いられているかは、今後中国国内だけではなく、世界の最も重要な問題のひとつとなるだろう。

上位10企業には、AlibabaとTencent以外では、金融・証券・保険の企業5社がずらりと並ぶ。中国工商銀行股份有限公司、中国建設銀行股份有限公司などである。それ以外では、石油・石炭の中国石油天然気股份有限公司、通信の中国移動有限公司が注目される。

次に中国企業にとっては非常に重要な各企業の筆頭株主について明らかにしてみたい。
その中で、最も共産党政権の強い影響下にあると思われるのが、中国の政府系ファンドとして有名な中国投資有限責任公司の傘下にある中央匯金投資有限責任公司が筆頭株主である4つの巨大銀行である。
これ以外に政府系企業は3社ある。
次に注目されるのは、中国特有の国有企業の支配である。国有企業だとみられる集団公司あるいは集団有限公司が筆頭株主になっている企業は17社ある。
以上をまとめると、共産党政権の影響力が強い企業を合計すると24社となる。中国・香港市場に上場し筆頭株主が示された論文が取り上げた41社の58.5%を占める。
その他では、一般の企業が親会社である企業(子会社)が7社、親会社が外国企業であるのは4社、個人や家族が所有しているいわゆる財閥企業は6社である。

論文の第2節は中国企業50社の産業構成を明らかにしている。最大の産業は金融・証券・保険で、第2位の産業が、IT・ソフトウエア産業である。後者の地位は、上記の通り急上昇しており、オールド・エコノミーとニュー・エコノミーとの競争がいちだんと活発になっている。
第3節は中国企業50社の財務情報を詳しく明らかにしているが、スペースの都合で、上位10社のみ掲載し、様々な興味深い事実を明らかにしているが、本ブログでは省略したい。論文を参照していただきたい。

このように、『中国株二季報』は、有力な中国企業を詳しく紹介している貴重な文献である。ぜひとも多くの方々が、この書を通じて、中国企業とその経済の理解を深めていただきたい。
また、あわせて前回のブログ「『米国会社四季報』でみるアメリカ企業100社」を読んでいただければ、アメリカ企業との比較もできる。