2020年4月11日土曜日

新型コロナウイルスへの挑戦:日本モデルとセルフ・ロックダウン


左は、日本経済新聞2020年4月10日(25面)に掲載された、「日本の死者数の増加ペースは米欧を下回っているが・・・」という図である。最も信頼できる数値として利用される、米ジョンズ・ホプキンス大の調査をもとに作成されている。
この図の最大の特色は、各国ごとの死者数の、日数毎の変化を図示していることである。この図から日本の位置は明らかになる。
確かに、緊急事態宣言が出されてから、日本でのオーバーシュート(患者の爆発的急増)の危険が高まっているが、あわせてこの図もよく理解しておく必要があると思う。
(注:この図は、日経電子版からpdfが作成できず、スキャナでコピーした。日経電子版の読者の皆さんは、電子版の利用には制約があることを忘れないように)

新型コロナ専門家有志の会
ところで、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、2020年4月1日の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」で、次のように結論づけている。
「世界各国で、「ロックダウン」が講じられる中、市民の行動変容とクラスターの早期発見・早期対応に力点を置いた日本の取組(「日本モデル」)に世界の注目が集まっている。実際に、中国湖北省を発端とした第1波に対する対応としては、適切に対応してきたと考える。」
その上で、「我が国でも都市部を中心にクラスター感染が次々と発生し急速に感染の拡大がみられている。このため、政府・各自治体には今まで以上強い対応を求め」るとともに、「法律で義務化されていなくとも、3つの密が重なる場を徹底して避けるなど、社会を構成する一員として自分、そして社会を守るためにそれぞれが役割を果たしていこう。」(以上p.11-12)と結んでいる。
この様な試みは、新型コロナウイルス感染症に対する医学的な挑戦であるとともに、民主主義と市民の行動変容を基礎とするひとつの社会的な挑戦・実験でもある。

カズさんの最新作
その意味を、サッカー人三浦知良さんは、「⽇本の⼒を⾒せるとき」で、次のように見事に簡潔に書いている。
「すべての⾏動が制限されるわけでない緊急事態宣⾔は「緩い」という声がある。でもあれは、⽇本⼈の⼒を信じているからだと僕は信じたい。きつく強制しなくても、⼀⼈ひとりがモラルで動いてくれると信頼されたのだと受け⽌めたい。」
「戦争や災害で苦しいとき、隣の⼈へ⼿を差し伸べ助け合ってきた。暴動ではなく協調があった。⽇本にはそんな例がたくさんある。サッカーの現場でも⽬にしてきた、世界でも有数の⽣真⾯⽬さや規律。僕らは⾃分たちの⼒をもう少し信じていい。⽇本⼈はこういうとき、「やれるんだ」と。」
「都市封鎖をしなくても、被害を⼩さく⾷い⽌められた。やはり⽇本⼈は素晴らしい」と後に記憶されるように。⼒を発揮するなら今、僕もできることをする。ロックダウンをせずとも「セルフ・ロックダウン」でいくよ。」(日本経済新聞、2020年4月10日)

このブログに続いて、「『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』(1922年)」を作成した。あわせてご参照ください。

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2020年4月7日火曜日

『青磁 清澄な青の至宝』を味わう

『青磁 清澄な青の至宝 (別冊『炎芸術』)』(阿部出版、2017年) を紹介したい。
コロナウイルスの影響が拡大し、図書館の利用もままならない日が続くが、たまたますばらしい本に出会った。この本の本体価格は2500円と安いとはと言えないが、掲載された作品の多様さ、鮮明で美しい多数の写真、詳しい解説記事などで、とても価値がある1冊だ。
最近は多くの方が、家でゆっくり本を読む機会も増えると思われるが、ぜひ手にとっていただきたい本である。

目次
序章 青磁とは何か
第1章 青磁の巨匠、岡部嶺男 清水卯一 三浦小平二
第2章 青磁の精鋭作家、中島 宏 川瀬 忍 髙垣 篤 福島善三 浦口雅行 若尾 誠 木村展之 若尾 経 伊藤秀人 志賀暁吉
第3章 青磁の注目作家、村田亀水 鈴木三成 原田卓士 峯岸勢晃 渡部秋彦 池西 剛 猪飼祐一 明石 大 津金日人夢 本間友幸 今泉 毅 吉田周平 今井完眞 藤田直樹
第4章 青磁を知る・見る・買う、中国青磁概略史、日本近代青磁概略史、青磁用語集、青磁の名品を所蔵する美術館、青磁マーケットプライス

まず、「”青磁”とは、鉄分を含んだ釉薬が高温の還元炎焼成(攻め焚きして、酸素不足の状態で焼く)によって青みを帯び、素地の土の色を透かして、青や緑にかがやく美しいやきものである。」(同書6、以下数字は掲載ページ数)
なお、「現在、多くの作家が陶土に青磁釉を掛けたものを「青瓷」、磁土に青磁釉を掛けたもの「青磁」と使い分けている」(3)

青瓷壺
以下では、同書のすべての作品を紹介したいほどだが、スペースの都合があるので、陶芸には全くの素人の私が、特別に魅入られた作品をいくつかを、2回に分けて紹介したい。

まず、志賀暁吉さんの「青瓷壺」(2006年)である。志賀さんは、「2007年の第19回日本陶芸展で大賞を受賞した・・・受賞作品の「青瓷壺」は、白味を帯びたマットな青磁軸が優しく光を放ち、豊かなボリュームを醸し出している。縦長の瓶の形状が新鮮で、とても清々しい。」(92)右の作品は、授賞作品に近いものという。

茜青瓷-屹立
私は、この作品とともに、貫入(かんにゅう)が見られない、本当になめらかな表面を持つ「淡青姿面取花生」(93)も、ご覧いただくことをおすすめしたい。

次に、髙垣 篤さんの「茜青瓷-屹立」(2005年)である。
同書解説には、「空を連想させるしっとりとした印象の青磁釉と、その同じ釉薬から生まれた鮮烈なイメージの茜色。その二つの出合いは、高垣篤に過去にはなかったまったく新しい青磁の表現を可能にさせた。」(50)とある。

「茜青瓷-屹立」は、明るい澄み切った色の青磁、屏風のような複雑な構造とともに、作品の稜線を彩る茜色が目を引く。そして、高垣氏の茜色を中心とした、「茜青瓷、<曙>」と題される作品が、本作品の次のページに掲載されている。あわせて見ると、2つの色の対照的な美しさが際立つ。

象牙瓷水指
最後に、若尾 経さんの「象牙瓷水指」(2010年)。
「若尾の青磁の中で唯一、固有の名称が付けられている「象牙瓷」は、淡く黄色味がかった釉色を特徴とするオリジナルな青磁だが、ボディーにスリットのような深い切れ込みが入ったり、釉薬を掛けない部分がある。」(80)

若尾さんには伝統的な青瓷の作品も多いが、「象牙瓷」は図の通り、柔らかい象牙色と、蕾のような、独特な形の作品で、本書中にも類を見ない。

比較的同じような色合いの作品をあえて挙げるとすれば、若尾 誠さんの「月白瓷茶垸」(72)だろう。経さんが若尾利貞さんの長男、誠さんが若尾利貞さんに師事していたからだろうか。

次回は、同書のさらにいくつかのすばらしい作品を紹介したい。

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2020年3月14日土曜日

ダナン:注目される観光地、そしてソンチャ半島

ダナンが今観光地として注目されている。ダナンは、トリップ・アドバイザーの「注目の観光地:世界、昨年の口コミ・評価で人気急上昇した、絶対に外さないイチ押しスポット」で第7位に選ばれた。日本から直行便があり、比較的容易に行ける。
ベトナムにはダナンを始め、観光地として魅力ある都市・地域が多いが、同時に、コロナ・ウィルスがまん延した中国に代わる生産基地としても、多くの企業の注目を集めている。

ダナンと言えば、私達世代には、ベトナム戦争の大激戦地のひとつとして忘れることができない都市である。ベトナム戦争が終了したのが1975年、今年でもうすぐ45年になる。ベトナム全土を巻き込んだ戦争から、わずかに45年で急速な復興を遂げることができたのは、本当に驚異的である。

(1)ホテルからの眺め
そのダナンの代表的なホテルであるインターコンチネンタル・ダナン・サン・ペニンシュラ・リゾートに泊まる機会があった。ホテルはダナン市内から少し北のソンチャ半島にある。
市内から離れているので、都会の喧噪から逃れることができる。

(2)ホテルからの眺め
ホテルは、写真の通り、海辺の高台から、絶景が見渡せる位置にあり、奇才ビル・ベンスリー氏がデザインしたと言う。
「ビル・ベンスリーが数年かけてベトナムの寺院、御陵、現在の村を訪れ、リゾートに独自の建築を加え」たと、ホテルのHPには書かれている。

(3)絶景のレストラン・シトロンから

写真(1)は、ホテルから海に向かって左側、(2)は右側になる。撮影した日は天気が悪く、海がとても荒れていて、画面がかなり暗くなっている。

ホテルを訪れる客の多くが一度は座って、食事やアフタヌーンティーを楽しみたいと思っているのが、写真(3)のホテルのレストランのシトロンの、海に突き出した席である。多くの日本の若い女性達が座って、写真を撮り、ティーを楽しんでいた。

写真(4)はホテルの各部屋への入口のひとつである。これもビル・ベンスリーの設計なのだろう。それぞれの建物、入口、内装、そして道路、至る所が、ここまでこだわるかと思うほど豪華な作りで、シンプルで機能的なものにすっかり慣れている私達は圧倒されてしまう。
(4)建物のひとつの入口

なお、高台のホテルから海岸へは常時動いているゴンドラに乗ってすぐに行け、いつでもビーチで遊ぶこともできる。

ところで、このホテルのもうひとつの楽しみが、「アカアシドゥクラングール」という希少で、とても美しい猿に間近で出会えることである。私は、ホテル内で何度か出会うことができ、たまたま動画を撮ることができた。



猿comは、「世界一美しいサル?」として、また、「小貝哲夫『スコーロン』フィールドインプレッション」は、断定的に「世界一美しい猿」として紹介している。これらのサイトでは多くの近影画像を見ることができるが、あわせて上の動画もご覧ください。

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2020年2月12日水曜日

カラヴァッジョとその幅広い影響 宮下規久朗氏の3つの著作

前回のブログは、カラヴァッジョ展に出展されている「法悦のマグダラのマリア」の真贋論争を紹介した。カラヴァッジョは若くして死んだにも関わらず、その作品はどれも革新的だが、同時に彼の個性とともに作品も、人によって好みが分かれるものが多いように思われる。
カラヴァッジョを理解するための解説書は、私の様な素人には、なんと言っても宮下規久朗『もっと知りたいカラヴァッジョ』(東京美術、2009年)が一番だろう。
私が特に興味を持った2つの作品を紹介したい。まず、この著作の表紙を飾っている「ロレートの聖母」(1603-06年)である。

「この絵では、口レートの聖家に巡礼に来た親子の前に
聖母が顕現した情景をとらえている。巡礼者の男は汚い足の裏を見せ、きわめて現実的だが、聖母子の姿は神々しく神秘的である。」(p.53)

この絵が与えるメッセージはとてもわかりやすい。聖母も巡礼者も細部まで非常に丁寧に描かれている。カラヴァッジョの作品によく登場する、斬首などの残酷な場面や、やや大げさな動作も無く、静かに描かれている。改めて感じたのは、左上の方から光が当たり、巡礼者の顔もよく見えるが、実は意外に画面が闇の中にあることだ。

もうひとつは、カラヴァッジョ最晩年の作品「聖ウルスラの殉教」(1609年)である。
「巡礼の途上、ケルンで千人の乙女とともにフン族の手によって殉教したウルスラ。・・・闇が人物を蝕み、静寂が支配するこの画面は、カラヴァッジョの晩年様式の極致を示す。」(p.85)

この作品の闇は、これまでと比べますます深く濃くなっている。ウルスラを始め人々の顔の一部にしか光が当たらず、表情は十分にはわからない。人々はほぼ一列に並び、動きもほとんど見られない。

なお、カラヴァッジョの作品を味わうには、『もっと知りたいカラヴァッジョ』で十分のように思えるが、さらにと言う方には、Caravaggio: The Complete Works (Bibliotheca Universalis) が役に立つ。515ページと大部だが2,365円と安価、図版も豊富なのはありがたいが、版がやや小さいという難点がある。

カラヴァッジョの影響について、宮下氏は「フェルメールの光とラ・トゥールの焔 「闇」の西洋絵画史」 (小学館101ビジュアル新書、2011年)」で詳しく論じておられる。
「西洋絵画は中世の終わりごろから一貫して光と閣の対比の効果を追求してきた。ルネサンス以降、夜景表現が確立し、17世紀の初めにはカラヴァッジョが光と陰の対立を心理的なに応用した。ごの様式が瞬く間にヨーロッパ中に広がり、フランスのラ・トゥールをはじめとして、多くの画家たちが強烈な明暗対比による夜景画を好んで描くようになったのである」(p.10)

画像は、そのラ・トゥールの代表作「大工の聖ヨセフ」(1642年頃)である。画像は、「週刊 西洋絵画の巨匠 33 ラ・トゥール 」(2009年)を利用させていただいた。同書によれば、「本作で描かれるのは、夜働く養父ヨセフの手もとを、ろうそくの炎で照らす少年時代のキリスト」(p.5)。
画面は闇で覆い尽くされ、ろうそくの小さな炎がキリストがかざす手を通って、全体をわずかに明るく照らしている。小さな焔の表現と絵いっぱいに拡がる効果がとてもすばらしい。

宮下規久朗「闇の美術史 カラヴァッジョの水脈」(岩波書店、2016年)は、日本の美術史にも闇を求め、そのひとつの代表作として、北斎の娘、葛飾応為の「吉原格子先之図」「夜桜美人図」を挙げる
宮下氏は、こう書いておられる。「葛飾応為の《吉原格子先図》は、中でも人工光線による夜景を描いた稀有な例である。」(p.179)

私のブログ「葛飾応為初の作品集『北斎娘・応為栄女集』」 (2016.2.19)は、以上の様な背景を十分に理解しないままこの作品を紹介した。宮下氏の言われる、美術における闇の位置と役割を念頭に置くと、この作品の、特に日本での意義が改めて深く理解できるように思われる。

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2020年2月8日土曜日

カラヴァッジョ 3つのマグダラのマリア

左の図は、現在あべのハルカス美術館で開催されている「カラヴァッジョ展」の最も注目されている作品「法悦のマグダラのマリア(1606年)の部分図である。展覧会の図録p.125から掲載させていただいた。(コピーのため、左に折り目による白い線が入っている)

展覧会の図録は233ページ、縦28cm、横22.5cmで、カラヴァッジョの作品13点と、同時代の個性派画家、カラヴァッジョに影響を受けたカラヴァジェスキの作品30点と、詳しい解説を掲載している。こうして同書は、カラヴァッジョを理解する重要な書籍になっていると思われる。

ところで、多数のカラヴァッジョ研究を発表されている宮下規久朗氏は、『もっと知りたいカラヴァッジョ』(東京美術、2009年、2017年に第6刷)で、この作品について次の様に解説している。「聖女は顔を上げ、法悦のような表情をしているが、これは法悦というより悔悛の場面である。聖女の頬には涙の粒がいくつも光っている。17世紀に、神と人との合ーを示す法悦というテーマが流行するが、それに従ってマグダラのマリアも次第に法悦の姿で表されるようになる。カラヴァッジョの作品はその嚆矢となった。」(p.61)

この作品には多数のコピーが存在し、真贋を巡って論争があるが、以下で少し紹介しておきたい。真贋論争を通じて、カラヴァッジョがめざしていたもの、制作途上での様々な構想や工夫が理解できるのではないだろうか。

まず、展覧会の図録の解説者(TK, 木村太郎)氏は、次のように解説している。「(この展覧会に展示された)本作品(左下の図:新保)は、2014年10月24日付の「ラ・レプッブリカJ紙上のインタビューを通じてM・グレゴーリがカラヴァッジョの真筆として公表し、2016年に東京の国立西洋美術館で開かれた「カラヴァッジョ」展で初公開された作品である(グレゴーリ2016)。」(p.122)

これに対して、宮下氏は『もっと知りたいカラヴァッジョ』でもうひとつの作品を紹介し、次のように述べている。「<マグダラのマリアの法悦>には多数のコピーが現存し、「マッダレーナ・クライン」とよばれる上(右下:新保)の作品は、最も出来のよいものである。しかし、作品の質から判断して、原作ではないかもしれない。」

展覧会図録の解説者木村氏は、「(展覧会の)本作品とクライン作品(右下)の図柄には細部に相違点がある。聖女は後者より前者のほうがわずかに若い・・・前者の画面右下に見える頭蓋骨は、後者では排されている。前者の画面左上に捕かれた、茨の冠をともなう十字架や洞窟の入り口も後者では確認できない。」(p.122)
なお、2つの図の色合いあるいは光の強さなどが異なるのは、2つの作品によるものか、書籍に掲載された時に生じたものかは残念ながらわからない。

なお、展覧会の作品のX線写真(左最下段)と、宮下氏が「原作である可能性が最も高い」(p.61)と紹介した、ロベルト・ロンギが公表した白黒写真の作品も右最下段に掲載した。ロンギの作品はクライン作品と近似していて、展覧会の作品とは構図などでかなり異なっている。

クライン作品
展覧会の作品


ロンギが公表した作品(白黒)
展覧会の作品のX線写真


















さて今後、この作品は現代の科学技術を用いてあらゆる角度から調査され、どれがカラヴァッジョの作品なのか徐々に明らかにされるだろうが、とても興味深い。

次の私のブログでは、カラヴァッジョの他のいくつかの作品を紹介し、彼が後世に与えた影響などを考えて見たい。

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2019年12月29日日曜日

富山県水墨美術館開館20周年記念「墨画×革命 戦後日本画の新たな地平」

図録表紙
富山県水墨美術館開館20周年記念「墨画×革命 戦後日本画の新たな地平」が、2019年11月15日から2020年1月13日)まで開かれている。
「本展では、戦後に制作された墨画的表現を概観し、戦後日本画の中での墨画の性格、水墨画の伝統の受容/変容の状況を、さまざまなアプローチを見せた画家たちの群像により紹介します。」というのが展覧会の目的である。

残念ながら私は行けなかったが、すばらしい作品が多いので、購入した図録で紹介したい。この図録は、小さいながら、3枚見開きが高山辰雄、平川敏夫、下保昭、2枚見開きが横山操、小泉淳、加山又造の各氏の作品で掲載されているので、小ささを感じず十分に楽しむことができる。 

非常に興味深い墨画が多数集められているが、私が特に強く引かれたのは、平川敏夫氏(1924-2006)の次の作品である。それぞれの画像をクリックして、ぜひ拡大して見ていただきたいと思います。
平川敏夫「雪后閑庭」、1985/1990年 豊橋市美術博物館
図全体
所有者の豐橋市美術博物館によれば、「この作品は、昭和60年に右半双を発表したのち、平成2年の平川敏夫展(豊橋市美術博物館)に出品するため、左半双を描いて四曲一双屏風として5年越しで完成しました。」このような事情からか、縦が左右で少し異なるようである。このブログの図は図録を元に作成しているので、厳密には原作の図とやや異なっている。

左半双
何よりも、この光り輝く強い白色をどのようにして生み出したのかを知りたくなる。図録は次のように説明している。
右半双
「白く描きたい(残したい)部分に水溶性ゴムでマスキングをほどこし、その上に墨で描き、乾いた後にはがし取る方法である。従来の水墨画とは異なる方法で、新しい墨の表現を追求し、幽玄な世界を創り上げていった。」(66)

静まりかえった池の周辺で、前面に深く積もった雪が強く輝き、背後の木々が幹と枝を大きく広げている。枝に降り積もった雪か、舞っている粉雪が木々を覆っている。
白と黒の2つの色とそのコントラストだけで、これほど豊かな自然の生命力を繊細に描き出すことができるとは、本当に驚きである。

加山又造「一九八四・東京」、1984年、東京国立近代美術館
展覧会のもうひとつの作品も紹介しよう。加山又造氏のよく知られた作品である。
平川氏と同じような構想ではあるが、対象はビルが建ち並ぶ大都会の東京。「雪后閑庭」と同じように、辺り一帯に雪が降り積もり静まりかえっている。

加山又造「月光波濤」、1979年
今回の展覧会に展示された作品ではないが、あわせて掲げておきたいのは、加山又造氏のこの代表作である。
上の静まりかえった東京とは対照的に、左半双では高い岩にあたって激しく砕け散る波と水面が、月の光を受けて輝き、右半双にはそれを遠くから眺めるような満月、黒を背景にして白という色のみで、躍動する自然の一瞬が描かれている。

加山氏は、自らの手法を次のように説明している。「和紙に胡粉の上澄みを数度引き、エアガン、バイプレーター噴霧機、染色的手法、数種類の明墨の併用、と、現在自由に出来るあらゆる手法技術をぶち込んでみた。」(NIKKEI POCKET GALLERY「加山又造」、作品33の解説)

本ブログで紹介した展覧会「墨画×革命 戦後日本画の新たな地平」は残念ながらもうすぐ終了だが、図録や関連する墨画で、多くの方が墨画への関心が高められるよう願いたい。

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2019年12月6日金曜日

緑ヶ丘美術館 三代 徳田八十吉展

展覧会の案内 おもて
2019年の最後を飾るすばらしい展覧会に行くことができた。

生駒市の緑ヶ丘美術館で、(2019年)9⽉8⽇から12⽉22⽇まで<没後10年>⼈間国宝・三代德⽥⼋⼗吉展が開かれている。緑ヶ丘美術館・開館二周年を記念して開かれたということである。

展覧会では、以下の3つめの画像が示すように、⼈間国宝・三代德⽥⼋⼗吉の多数の作品が展示されている。
生駒市は人口が12万、大阪のベッドタウンとしては便利ではあるが比較的小さな都市で、このようなすばらしい展覧会が開かれるなんて本当に驚きである。

展覧会の案内 うら

「三代徳田⼋⼗吉⽒は、初代⼋⼗吉⽒を祖⽗に、⼆代が⽗という九⾕焼名⾨の家に育ち、⼦供の頃から伝統的な九⾕五彩の⾊絵に囲まれて育ってきました。・・・
時を経て、先代と違う独⾃の表現に⽬覚め、⾊と技法の研究から、ついに「彩釉」(さいゆう)を発案。絵ではない⾊釉の新しい表現を編み出しました。絵付け表現の九⾕焼に全く新しい⾊だけで表現する九⾕焼が発現しました。⽣前、三代⼋⼗吉⽒が「耀彩」(ようさい)と命名した作品が、その完成形です。
⼤胆なグラデーション、オーロラのような光、透き通る「⾊」の宇宙。類稀な情熱が⽣んだ光り輝く「耀彩」の世界。」(美術館Websiteから)

ずっと以前に、私も九谷を訪れ、お土産に九谷焼の絵付けされた湯飲みを買ったことがあった。三代徳田⼋⼗吉の作品はそれとは全く異なっているので、実際に見るのをとても楽しみにしていたが、やはり実物をみてあまりの美しさに圧倒されてしまった。

以下は、展覧された作品の一覧である。主な作品名を示しておこう。
左ページの左上の作品は、会場の入ってすぐの位置にある代表的な作品「耀三彩遊線文壺」、左ページ右上は「碧明耀彩花器」、左ページ3段目右は「彩釉鉢「輪華」」。
右ページ右の上段中央は「耀彩」、右ページ右上は「耀彩大皿「月輪」」中段右は「碧明耀彩曲文壺」である。
以上の代表的な6作品は、いずれも以下で紹介する美術館のカレンダーに掲載されている。

作品一覧、展覧会パンフレットから

















展覧会パンフレット・表紙

以上の作品群はどのようにして創造されたのか?展覧会パンフレットには次のように書かれている。

「通常の九谷焼の工程では、素地を成形し、素焼して施釉のあとに本焼き、それに呉須(下絵の染付)で絵柄の輪郭を描き、その上に厚く絵の具を乗せて、約800度で焼成します。
 しかし、三代八十吉は、絵付け焼成を約1050度という高温で行います。これは、より高温で焼き、ガラス化した釉の中に色彩、輝きを閉じ込めるため。そうして生まれたのが「耀彩(ようさい)」という独特の世界なのです。」(6ページ)
次年度カレンダー

こうしてできあがった三代徳田⼋⼗吉氏の世界を、ぜひ美術館に行かれて、作品にぐっと近づいてご覧いただきたいと思う。日本の中で連綿と受け継がれるブルー:青の世界が、三代徳田⼋⼗吉氏によって、また新たに切り開かれたのを見ることができる。

ちなみに、入場は無料、展覧会パンフレット、右のカレンダーも無料でいただける。まず、作品についての10分ほどのビデオも見ることができる。
さらに、同時にやはり人間国宝の陶芸家藤本能道氏、島岡達三氏の生誕100年記念特別展示まである。
遠くから来ていただいても十分に満足していただける内容だと思います。

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