2013年9月1日日曜日

イザベラ・バード『朝鮮紀行』を読む (1)、Isabella Bird Bishop, Korea And Her Neighbours

最近、韓国からの歴史認識についての主張が活発に行われている。それに対して、日本は受け身では無く、事実を持って応えることが必要である。日本からの投資については、私は何度も論じているので、ここではひとつの重要な文献を紹介したい。

近代朝鮮と日本との関係を理解するために、非常に貴重な文献が、イザベラ・バード『朝鮮紀行~英国婦人の見た李朝末期』である。バードのもうひとつの作品である、『イザベラ・バードの日本紀行』には、Kindle版があるが、前者には無い。そこで、その原書Korea and Her Neighboursとあわせて読むことをおすすめしたい。Kindle版があれば、ひとつの用語が、図書全体でどのように使われているかがよく理解できるからだ。

バードは、1894年1月から97年3月にかけて、4度にわたる朝鮮旅行を行った。その記述は実に細やかで、以下に見るように朝鮮には厳しいが、実は愛情にあふれている。

バードの朝鮮に対する基本的な認識は以下の通りである。「このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。名誉と高潔の伝統は、あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。公正な官吏の規範は存在しない。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人聞が含まれる。「搾取」と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた。」(344、太字は新保による、以下同じ)

このような状況で、日本が採った対応についてこう述べている。「わたしは日本が徹頭徹尾誠意をもって奮闘したと信じる。経験が未熟で、往々にして荒っぽく、臨機応変の才に欠けたため買わなくともいい反感を買ってしまったとはいえ、日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく、朝鮮の保護者としての、自立の保証人としての役割を果たそうとしたのだと信じる。」(564-5)

そして、日本の朝鮮進出について、外国はどう考えていたか。「王妃暗殺からほぼ一か月後、王妃脱出の希望もついえたころ、新内閣による政治では諸般の状況があまりに深刻なため、各国公使たちは井上伯に、訓練隊を武装解除し、朝鮮独自の軍隊に国王の信頼を得るに足るだけのカがつくまで日本軍が王宮を占拠するよう勧めて、事態を収拾しようと試みた。日本政府がいかに列強外交代表者から非難を受けていなかったかが、この提案からわかろうというものである。」(364)

このような状況のなかで、首都のソウルは次の通りだったという。「とはいえ、ソウルには芸術品はまったくなく、古代の遺物はわずかしかないし、公園もなければ、コドゥンというまれな例外をのぞいて、見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もないし、いまだに迷信が影響力をふるっているため墓地もない!」(85)

バードの視線は、さまざまな面に及んでいる。(2)では、経済と妓生についての記述を紹介したい。

関連する私のブログ:エッカート『日本帝国の申し子』、Carter J. Eckert, Offspring of Empire

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