2018年3月21日水曜日

入江泰吉『私の大和路』(2)春夏紀行

入江泰吉氏の『私の大和路』の、先に紹介した秋冬紀行に続いて、今まさにその季節に移りつつある春夏紀行(小学館文庫)を紹介したい。
目次は、春陽大和路、追憶の大和、祈りのほとけ、人間のいない風景(白洲正子)、大和路の夏、回想・カメラで絵を描く人(杉本健吉)である。

最初の写真は、「春めく二月堂裏参道」。

「大仏殿の裏から二月堂に向かう参道は、ものさびた光景で、いかにも古都奈良らしい情感が漂うたたずまいである。私は四季にわたってよくこの裏参道を撮影するが、桜と同じころに木蓮も咲く。」(14)

このように入江は書いているが、今となっては、この写真のせいだろう、参道では、たくさんの写真家に出会って驚く。

今日は3月20日(2018年)、例年より早く関西でも桜の開花が宣言された。これからしばらく桜の開花のニュースと番組が続くだろう。

右の写真は「陽春大仏殿」。「撮影場所は、若草山の北側の奈良奥山ドライブウェイの途中にある三笠温泉郷付近の小高い丘で、背後に見えるのは興福寺の五重塔である。」(38)

入江は本書の別の箇所で、「桜は、あまり奈良、大和とは調和しないんじゃないかという気がする」(54)と書いているが、この写真を見ていると、あまりに見事で、それは本音かなと疑ってしまう。

春夏紀行にも、やはり風景を中心にする章にはさまれて、仏像の章「祈りのほとけ」の章がある。そのうちの1枚。「東大寺戒壇院広目天像」。

広目天は、「広く世間を視ること、つまり大らかな心で視野を広げ、正しい知恵を得ることが、結果的には無量の寿命を得ることになるというのですから、無病息災の仏といえるでしょう。」(西村公朝)

そして、これもまた有名な夏の1枚、「唐招提寺金堂列柱」。
「唐招提寺の南大門に立つと、正面に堂々とした金堂が視野いっぱいに映る。・・・石段を下りて近づくにしたがい、屋根の量感は弱まり、そしてその大屋根を支える八本の丸い列柱がはっきりしてくる。」(138)

その列柱とともに堂内全体を覆った青葉を対称にした1枚。青葉を鮮やかにし、列柱をつなぐ光が、夏の強い光を感じさせる。


同じ唐招提寺での1枚、「唐招提寺 蓮」。
「唐招提寺の境内には、珍しい種類の蓮華がたくさん集められている。蓮華といえば、極楽に咲くともいわれ、そして、仏の座とも供花ともされている。」(166)

唐招提寺には何度も行っているのに、珍しい種類のたくさんの蓮華とは!気がつかなかった。右上の写真が夏の始まりとすれば、左の写真は夏の終わりを飾っている。

入江氏は、この1枚で風景と花、仏の「春夏紀行」を締めくくる。氏の『私の大和路』は、大和路の寺社と街の長い歴史と自然の様々な表情を多彩に伝えてくれる、おすすめのガイドブックである。

入江泰吉『私の大和路』(1)秋冬紀行

ブログのTOPブログの目次新保博彦のホームページ


2018年3月7日水曜日

日英語版、写真満載の『Man'yō Luster <万葉集> 新装版』

Man'yō Luster <万葉集> 新装版』(リーピ英雄:英訳、中西進:日本語現代語訳、井上博道:写真、高岡一弥:アートディレクション、パイインターナショナル、2014年
万葉集の原文とその現代語訳、英訳、そしてその歌に関連の深い写真が一体となった美しい本(文庫本サイズ)である。
以前に元の大きな版を見たまますっかり忘れていたが、たまたま奈良の「幡・INOUE夢風ひろば東大寺店」で再発見した。
ぜひ多くの方に読んでいただきたい本である。外国人への贈り物にもぴったりのように思える。
今回のブログでの紹介では、スペースの都合もあり、一部を除いて、いくつかの代表的な万葉集の歌と英語訳、関連づけされている写真のみを載せることにした。

秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山そ高野原の上
If autumn were here
these would be mountains
as we see them now,
where the deer cries
in longing for his wife-
on these high fields
(写真:奈良市雑司町 正倉院, 76-7、数字はページ数、以下同じ)

田児の浦ゆうち出でて見れば真白にそ不尽の高嶺に雪は降りける
Coming out
   from Tago’s nestled cove,
I gaze:
   white, pure white
the snow has fallen
on Fuji’s lofty peak.
(写真:興津川河口沖より富士山を眺める, 164-5)

あをによし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり
The capital at Nara,
   beautiful in blue earth,
flourishes now
like the luster
of the flowers in bloom.
(写真:奈良市川上町奈良奥山ドライプウェイより, 176-7)



世の中は空しきものと知る時しいよよますますかなしかりけり
When I realized
this world is an empty thing,
then all the more I felt
a deeper and deeper sorrow.
 「空しきもの」をリービ英雄氏は「an empty thing」と訳している。万葉集の時代にどの程度仏教思想が浸透しているか、私にはよくわからないが、この訳で良いのだろうか?中西進氏の現代語訳も「空(くう)」となっている。リービ英雄氏の『英語で読む万葉集』(岩波新書)を調べてみたが、この歌は掲載されていなかった。

雪の色を奪ひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも
The plum flourishes now,
its bloom is pillaging
the white from the snow.
Oh for someone to see it!
(写真:奈良市鹿野園町, 276-7)

ここに掲載したのはごく一部である。本文のページ数は380となっている。ぜひ手にとってご覧いただきたい。

ブログのTOPブログの目次新保博彦のホームページ