2018年10月19日金曜日

『小原古邨の小宇宙』

小原古邨の小宇宙』(小池満紀子著、青月社)が、最近刊行された。古邨は明治10年2月9日に、現在の石川県金沢市に生まれた。彼の作品が外国向けの土産物として制作され、海外で評価されていたため、国内ではあまりよく知られないまま今日に至ったと言う。

最近になって、原安三郎氏のコレクションに多数所蔵されていることがわかり、改めて注目されている。『小原古邨の小宇宙』は、古邨の作品をまとまって紹介した最初の本である。この本がぜひ多くの読者を得て欲しいが、あわせてこれに続いて本格的な研究が発表されることを期待したい。



蓮に雀
青月社編集部は、原安三郎氏のコレクションについて次のように説明している。「小原古邨の作品は260点あまりを所蔵。・・・これほどまとまって所蔵されている例は国内では類を見ない。加えていずれも初摺で保存状態が良く、質量ともに日本屈指の古邨コレクションといえる。」(上掲書95ページ、以下同じ)

いくつか代表的な作品を紹介しよう。多くの読者が、現代に受け継がれた繊細で美しい古邨の花鳥画の版画世界に魅了されることは間違いない。できればもう少し鮮明な画像にして欲しかった。また、制作年時などの基本情報を詳しく掲載して欲しかったと言うのが、私の率直な感想である。

右上は、本書の表紙にも選ばれた、「蓮に雀」である。鮮やかな蓮の花の右上に小さな雀が見える。蓮の葉からの長く伸びるしずくも印象的である。

崖上の鹿
左は、「崖上の鹿」である。ここでは、「・・・山肌には、きめ出しとよばれる木版画の高度な彫りと摺りの技が見られ、画面に生じた凹凸と和紙の風合いとによって、雪の質感を表現しています。」(73)
きめ出しとは、「色摺が済んだ絵を版木にのせ、絵具をつけずに板の窪んだ部分を紙の裏から刷毛やブラシで叩くように隆起させ画面の一部分に立体感を出す」手法。(アダチ版画)

雪の柳に烏
右は、「ラフカディオ・ハーンの遺著となった“Japan an Attempt at Interpretation"の表紙」(93)となった有名な作品「雪の柳に烏」である。ここにも「漆黒の烏の羽には、正面摺という木版画独特の技法」が用いられている。(83)
正面摺は、「絵が摺り上がった後、光沢を出したい部分の下に模様を彫った版木を置いて表面からこする方法」(サライ)。

本書では、拡大図が掲載されているので、羽根の部分を目をこらして見るとよくわかる。この作品の高い評価は、おそらくこの羽根の摺りと、枝に積もった雪に使われているきめ出しによるのではないだろうか。

このように、作品の質感を表現する、江戸時代から受け継がれた代表的な手法が、様々な場面で使われている。:最下段に掲載)

桜につがいの孔雀
最後に豪華な1枚、「桜につがいの孔雀」である。小原古邨の作品は色彩が抑えられているが、この作品は最も豊かな色彩で豪華に描かれているように思われる。雌の孔雀が雄の見事に拡げた羽根に隠れて見え、背後には桜が咲き乱れている。

ところで、2009年に「よみがえる浮世絵~うるわしき大正新版画~」という展覧会が、東京江戸博物館で開かれた。会では、「大正から昭和前期の近代東京において発展し、 海外からも高い評価を得た「新版画」の代表作品を一堂に紹介!」として、橋口五葉、小早川清、川瀬巴水、笠松紫浪、山村耕花、吉田博などとともに、小原古邨の作品も展示されていた。

私のブログ『吉田博 全木版画集』では、吉田博の作品を紹介したが、激しい水の動きなどの自然と、世界各地を対象にした、小原古邨とは大きく異なる作品群だった。今後も、近代の版画作品がもっと紹介され、江戸時代に比べてどのような発展と進化があったのかが明らかになることを期待したい。

:江戸時代の浮世絵には、「雲母や胡粉による華やかさの演出、きめだし・空摺・ぼかしなど、卓越した摺りが支えた、(喜多川歌麿の)「世界でもっとも美しい絵本」」(浅野秀剛『歌麿の風流』)がある。その一部は、私のブログ「歌麿の「世界で最も美しい画本」を紹介する浅野秀剛『歌麿の風流』で紹介した。

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