2021年7月1日木曜日

藤田治彦『もっと知りたいウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』

ワクチン接種もようやく高齢者で進み、美術展も少しづつ開かれ始めた。今、奈良県立美術館では、特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡 が開かれているので、久しぶりに出かけてきた。興味深い展覧会だったが、やや規模が小さく、モリスの全貌を知るのには必ずしも十分でないと感じた。
そこで、モリスのすべてを理解するために、とても優れた書籍だと思われる、藤田治彦『もっと知りたいウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』(東京美術、2009年)を紹介したい。
まず、目次は以下のとおりである。

はじめに 民衆の芸術を追究し芸術の新たな地平を開拓したモリス、第1章 若きモリスとアーツ&クラフツ前史─良き仲間たちとの出会い、特集▼ラファエル前派と後継者たち、第2章 生活に美と創造の喜びを─商会設立から改組まで、特集▼V&Aとモリス関連コレクション、第3章 理想の社会をめざして─環境保護運動への展開と社会主義、特集▼モリスとテムズ川、第4章 十人分を生きた晩年─アーツ&クラフツとケルムスコット・プレス、第5章 アーツ&クラフツ運動の広がり─ロンドン発の穏やかな世界革命とその理念、おわりに アーツ&クラフツ運動の歴史的位置づけ

ウイリアム・モリスは1834年に生まれた。第2章は、モリス27-41歳の幅広い作品を紹介している。ステンドグラス、家具、壁紙、染色、採飾手稿本などである。右は、モリス最高の絵付家具、聖ゲオルギウスのキャビネットである。「1862年ロンドン万博のためにモリス自身が絵付けした。・・・モリスによる絵付家具では最良の作である。」(27、数字は同書ページ数、以下同じ) すでにこの時期にモリスの多彩な作品を見ることができる。これらの作品を制作するために、1861年にモリス・マーシャル・フォークナー商会が創設された。

第3章では、モリス42-53歳の時期の作品が紹介される。壁紙、染色、タペストリーなどである。壁紙にはよく紹介される「るりはこべ」「セント・ジェイムズ」、そして左の「いちご泥棒」などがある。「インディゴ抜染の藍に赤(アリザリン)と黄色(ウェルド)を組み合わせた最初のテキスタイル。工程全体の完了には数日を要する〈いちご泥棒〉は、商会のコットン・プリントのなかで最も高価なものの一つになったが、最も人気のあるファブリックでもあった。」(49)第2章の時期には壁紙「アカンサス」がすでに発表されていたが、これらの作品はそれを受け継ぐものであった。
我が家にもいくつかモリス・デザインのものがあるが、そのひとつが、価格がそれほど高くなかった「いちご泥棒」のカーペットである。
第3章には、もうひとつ重要な作品群がある。タペストリーである。「第3回アーツ&クラフツ展出品の自信作」である「」は多数の動物や鳥を配置した、121.9×452.0(cm)の大作である。
右は、同じモチーフの、さまざまな生命を育む神秘と豊穣の森を表す「きつつき」(53)である。モリスの作品にしばしば登場するアカンサスの葉が中央の木に絡み、二羽の鳥が翼を休めている。

ところで、モリスは商会の活動を拡大するだけではなく、社会への関心を広げていった。古建築物保護協会を創設し、ラスキン、カーライルと活動を共にした。「八三年からは本格的に社会主義活動に参加する。しかし、モリスは労働組合や社会主義政党の結成をめざすような職業的社会主義者ではなかった。・・・ハマスミス社会主義協会というローカルな組織をつくり、活動を続けた。」(44)

モリスは、1896年に62歳で亡くなったが、第4章は54-62歳の晩年を対象にしている。晩年の重要な作品が、大型のテキスタイルや、ケムスコット・プレスの書籍群である。左は、「ヤコブ・デ・ヴォラギネ著『黄金伝説』」である。表紙、本文をデザインしただけではなく、この本のために書体「ゴールデン体」まで作られた。
今では、電子書籍が普及しているが、それは同時にデザインされた印刷版への関心も高め、この点でもモリスへの評価も高まるのではないだろうか。

第5章では、アーツ&クラフツ運動がヨーロッパ、アメリカそして日本に広がっており、日本の民藝運動もその一つであることが明らかにされている。

ところで、今モリスの作品は展覧会で見ることができるだけではなく、簡単に入手できる。住吉さやかさんは、「モリス商会消滅後、そのデザインはSanderson and Sons社Liberty of London社が買い取り「Morris & Co.」というブランド名で現在も販売されています。」と紹介されている。

以上のように、藤田治彦『もっと知りたいウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』は,80ページの書籍の中に、モリスのすべての時期の多くの作品と詳しい解説を満載している。モリス作品を愛用している人をはじめ、多く人に読んでいただきたいと思う。

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