太田彩さんの『伊藤若冲作品集』が刊行された。左図は内表紙である。
作品集の目次は次の通りである。
「はじめに 広がる若冲、伝わる若冲の想い
近づいて観る動植綵絵ー生命を映す色彩の魔術
評伝 伊藤若冲ー十八世紀の京に生きる
動植綵絵ー畢生の大作を愛でる、愉しむ
動植綵絵 釈迦三尊の荘厳画として制作された全三十幅
若冲の彩色画ー明らかになったその驚くべき表現技法に迫る 《動植綵絵》を好例として
コラム 動植綵絵の謎
生命美を彩るー生命への真摯なまなざし
コラム ありのままの姿を美とした、十八世紀という時代
文芸ネットワークと若冲
墨画の妙
不思議な画面ー枡目描き
僧侶との交わりー自身を高め、深める
特集 版画
若冲その後 魅了し続ける若冲」
太田彩さんの研究については、私の以前のブログ「『伊藤若冲 動植綵絵 調査研究篇』、Jakuchu Itoh」でも「『若冲原寸美術館 100%Jakuchu!』、原寸図で若冲を楽しむ」でも紹介した。これまで紹介した太田さんの研究は動植綵絵に関するものが中心だったが、今回は若冲のすべての作品についての研究となっている。
まずは動植綵絵についてである。動植綵絵については、三十幅が1ページごとに掲載されている。そして、「若冲の彩色画ー明らかになったその驚くべき表現技法に迫る 《動植綵絵》を好例として」の箇所で、七つの技法について、次のようにまとめている。
1 裏彩色の効果、2 絵の具の緻密な使い分け、3 裏彩色のトリック、4 輝く白の表情、5 裏彩色を使った空気遠近法、6 顔料と染料の複雑な併用効果、7 赤の衝撃。
次に、ページはぐっと下がって、「墨画の妙」を紹介しておこう。
『伊藤若冲作品集』では116ページに菊花図が掲載され、小林忠氏が筋目描きと呼んだ若沖の独創的技法を紹介している。「これは墨の広がりが互いに接する時にその境界となる部分に支持体の紙の色が残るという画せん紙の性質を利用したもの」(117)である。
ところが残念なことに、『伊藤若冲作品集』では,図が小さく説明が理解しにくい。ここでは、『pen 若冲を見よ』(2015.4.1)の図を右に掲載した。この書もまた、若冲の作品を見事な図版で楽しむには格好の書である。
続いて、「特集版画」である。
若冲が生きた時代は、浮世絵版画発展した時代である。これらを若冲はどのように学び、自身の作品にどのように導入しようとしたのか、興味深いテーマである。
左図は、「拓版画」と呼ばれる作品である。「白黒のみで表現する効果を十分に知り得て、単純化したモチーフのなかにも十分に風情、表情を示している」「またひとつは多色摺の花鳥版画である。地を黒くしている点では拓版画を意識しているが、墨面は木版摺で、色面は型紙を用いて筆で彩色する合羽摺の技法も用いているとみられ」(122)る。
そして、右の「桝目描き」である。
「画面全体を同じ大きさの小さな正方形の集積とし、そのなかにそれぞれに彩色を施して図様を描き上げるという、ほかに例を見ない描き方による作品が、近年の若冲人気のひとつの原動力になっている。」(137)
この方法による作品は4つある。右の<白象群獣図>と、<鳥獣花木図屏風>(プライス・コレクション)、<樹花鳥獣図屏風>に、現在所在が不明の幻の作である。
現存の三点のうち、若冲の確実な作品であると見解が一致するのが<白象群獣図>である。しかし、若冲の印が無い2つの作品については、描法やモチーフの点で、若冲の作品であるかどうかについて論争がある。
以前に私のブログで紹介した、佐藤康宏氏の『もっと知りたい伊藤若冲 改訂版』は、プライス・コレクションの作品としてしばしば登場する<鳥獣花木図屏風>は、「絶対に若冲その人の作ではない」と断定している。重要な批判であるので、太田さんも指摘するように、今後、「多角的に、客観的に考察が論じられることを期待したい。」(137)
最後に、左の図「売茶翁像」を紹介したい。 売茶翁は大典とともに、若冲が敬愛する人であった。若冲はこれらの人々の影響を強く受けているようである。
ところで、「動植綵絵」は自然界に生を受けたありとあらゆるものを描こうとする試みであるが、人物が登場しない。他の作品でも、このような僧を除いて、人物画は少ない。特に同時代を生きる市井の人々が描かれていない。様々な人々の日常を豊かに描いた、同時代の浮世絵とは大きく異なる点である。
若冲が人々の日常生活に関心が無かった訳では無い。若冲が錦の青物市場の危機を救うため奔走していたことが今では明らかにされている。では、なぜ周辺の人々を描かなかったのだろうか?
ともあれ、太田彩さんの『伊藤若冲作品集』は、動植綵絵をはじめとする若冲の膨大な作品の全体を、研究の最前線の成果による解説を付けた、すばらしい書籍である。内容と比較して価格も決して高くなく、画像も美しいので、ぜひとも多くの人々が読まれることをお薦めしたい。
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