2022年12月28日水曜日

関西EU研究会で久しぶりの報告

(2022年)12月17日、甲南大学で開催された関西EU研究会で、2015年の退職後初めて、学会・研究会での報告を行った。

テーマは、左の画像にあるとおり、「ロシアのウクライナ侵攻の背景と対ロ経済制裁」であった。左は当日用いた、Google Slideの表紙画像である。

そのGoogle Slideのデータは、私のwebsiteに掲載したので、ご参照ください。

報告の概要は次の通りで、2と3の箇所を特に詳しく報告した。簡単な自己紹介  3 - 4(数字はスライド番号)、1 ウクライナ危機、2022 年初頭  5 - 6、2 プーチン政権と⼀体化するロシア国有企業群  7 - 93 制裁で打撃を受けるロシア企業とオリガルヒ  10 - 12、4 ソネンフェルド調査最新版におけるドイツ企業  13 - 14、5 ウクライナの対ロシア戦争の3つの領域  15 - 16、【補足1】論文「ロシアの衰退と、ウクライナ戦後の世界体制」  17 - 18、【補足2】今回の報告を引き継ぐ私の研究  19、【補足3】溝端佐登史氏と下斗米伸夫氏の最新の研究  20、参考:私のこれまでの主な研究  21 - 22。

1から4までは、すでに公開した、私の論文集の要約である。論文集については、私のwebsiteに掲載し、私のBlogでも紹介している。ぜひあわせてご参照ください。

報告時間は約1時間、その後1時間以上の熱心な議論が続いた。研究会のメンバーは関西の経済、政治などのEU研究者であるが、様々な角度からの専門家としての貴重な質問と意見が述べられ、私にとっては今後の研究にとても有益だった。

今回は、久しぶりの学会・研究会報告であり、また始めてChromebookを用いた、印刷物ではなくwebsite上の私のデータを利用するという試みであったので、やや緊張したが、無事終了した。

研究会後には、懇親会が和やかに開催されたが、残念ながら高齢者の私は、感染に気を付けるため、短時間で退出した。

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2022年11月10日木曜日

金柄憲『赤い水曜日―慰安婦運動30年の嘘』

2022年10月に、『赤い水曜日―慰安婦運動30年の嘘』(金柄憲(キム ビョンホン)著、金光英実訳)が文藝春秋社から刊行された。原著は2021年に刊行されている。1991年8月に金学順(キムハクスン)が元慰安婦の過去を最初に証言してから30年が経過したが、著者の金柄憲氏は、その全過程での事実と証言をひとつずつ様々な角度から検証し、「日本軍慰安婦被害者は一人もいない」という結論を得て、慰安婦問題の根本的な解決策をめざすいくつかの大胆な提案を示した。

この重要な著作を、私は私のweb siteで書評として詳しく紹介した。本ブログはそのごく一部の要約である。ぜひ書評(クリックしてください)そのものもご参照ください。

【目次と著者略歴】本書の目次は以下の通りである。第1部 「慰安婦」とは記憶との闘争、第2部 信頼できない司法府の判決文、第3部 国民をだまし、世界をだます聖域化運動、第4部 三〇年間の慰安婦歪曲、赤い水曜日

金氏のTwitterから
金柄憲氏の経歴は、奥付に依れば、次の通りである。成均館大学漢文学科を卒業、同校大学院の修士・博士課程修了。東国大学大学院で博士課程を修了。成均館大学と暻園大学の講師を経て、独立記念館専門委員を務める。国史教科書研究所所長、国史問題研究所理事である。

【慰安婦の証言の確認】第1部は、慰安婦達の証言を、ひとつずつ事実かどうか確認していくことから始める。「皮肉なことに、執筆において最も役に立った資料は、挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が発刊した八冊の挺対協証言集だった。」(プロローグ, p.8, 110, ( )内の一つ目の数字は印刷版のページ数、二つ目の数字はKindle版のロケーション数)李容洙(イヨンス)、吉元玉(キルウォノク)、金学順(キムハクスン)が特に詳しく取り上げられる。以上の検討を踏まえて、「だから私は、「日本軍慰安婦被害者は一人もいない」と断言する。」(p.53, 653)という結論を得る。

このように金柄憲氏はひとつずつ事実を明らかにしつつ、次に、女性家族部の「慰安婦被害者法」に基づく「生活安定支援対象者」である彼女達に関する情報公開を情報公開法に基づいて請求した。しかし、非公開とされたので、著者は「二〇二一年一月二七日、「補助金管理に関する法律」違反の疑いで李容洙と吉元玉をソウル市鍾路警察署に告発した。」(p.43, 523)これもまた、棄却と不送致という結論だった。

【慰安所の目的、慰安婦の契約、数と収入などの実態】金柄憲氏に依れば、「基本的に日本軍慰安所は、一九三七年からの中日戦争と一九四一年からの太平洋戦争時の日本軍占領地において、現地女性の拉致、強姦、殺害のような戦争犯罪を防止するため、また民間売春宿の利用による兵士の性病を予防するために設置された。」(p.50, 607)

著者は、慰安婦の数や収入を推定する。朝鮮人慰安婦の数は2,400人から3,200人程度、収入は慰安婦証言者の証言を元に、かなりの高収入だと推測する。また、帰国後「多くの女性は解放後も、依然として花柳界に従事した。」(p.239, 3047)とも指摘する。

【河野談話、日韓合意、クマラスワニ報告書】以上の検討を踏まえて、金柄憲氏は慰安婦問題の代表的な談話、合意、報告書を批判する。著者は、「河野談話とクマラスワミ報告書の撤回こそが、日本軍慰安婦問題解決における先決課題であると確信している」(p.189, 2423)と強く主張している。

【『赤い水曜日』の意義と今後の課題】金柄憲氏の『赤い水曜日』は、挺対協証言集などでの多くの慰安婦の証言と、慰安婦に関連する朝鮮総督府などの様々な公文書などを検討し、徹底して事実の解明を試みた。また、正確を期すため情報公開を請求し、関連する裁判所の判決文も精査している。この徹底した実証主義こそが、この本の最も優れた点であり、慰安婦問題ではこれまでには極めて少なかった試みである。

このように、金柄憲氏の、一切のイデオロギー的な前提を排除し、事実をひとつずつ様々な角度から検証し、それらにのみ基づいた結論を得るという方法は、ようやく韓国で拡がろうとしている。その方法に基づいた研究は、最近の李栄薫編著『反日種族主義』によって幅広い支持を得つつある。『赤い水曜日』は、その方法に基づいた慰安婦研究だと思われる。

あわせて、金柄憲氏は、以上の考えを基礎に、「プラカードを掲げて慰安婦少女像のそばに立ち、集まりを作って慰安婦歪曲の中断を要求する集会を続け」(プロローグ, p.8, 110)ている活動家でもある。挺対協・正義連やメディアからの厳しい批判、暴言、妨害にさらされながら行動する著者の姿には本当に頭が下がる。このような研究と行動の積み重ねが、日本と韓国の真の理解を深める唯一の方法だと思われる。

【今後の課題】最後に、日本統治時代の慰安婦について一層深く理解するためには、慰安婦問題を歴史的にも解明する必要があることを付け加えておきたい。私の論文「李栄薫氏の慰安婦論 朝鮮王朝時代から戦後まで」は、李栄薫氏による、朝鮮王朝から戦後までの長い期間に、慰安婦はどのように生まれ、戦後にはどのように変化したかを明らかにした重要な研究を紹介している。金柄憲氏の研究が、これらの李栄薫氏などの歴史的な研究を踏まえた、包括的で歴史的な研究としても展開されることを期待したい。

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2022年10月6日木曜日

岩松院「八方睨み鳳凰図」

YouTubeチャンネルを開設しました。新保博彦のチャンネルです。以下の内容を含む「北斎の須佐之男命厄神退治之図と晩年の大作群」を作成しました。(2023.5.22)

小布施の岩松院を訪れた。この時期は、ちょうど栗\の季節にあたり、栗の料理や菓子を食べるためにも、小布施に訪れた人が多かった。

北斎は、小布施の豪農商・高井鴻山に招かれて、岩松院を4度訪れており、岩松院には、北斎晩年の、そして最大の作品である、次に示す「八方睨み鳳凰図」が残されている。

残念ながら、天井にある鳳凰図は、写真に撮ることが許されていなかった。そこで、ここでは、「葛飾北斎の天井絵を立体化! 名画と最新技術の融合作品『八方睨み鳳凰図3D』」が掲載した鳳凰図を掲載したい。

参拝者は、椅子に座って天井の鳳凰図を眺めることになる。まず、その色が170年以上経っているのに衰えておらず、とても鮮やかであることに驚く。

岩松院に依れば、「大きさは畳21枚分。塗り替えは1度も行っておりません。朱・鉛丹・石黄・岩緑青・花紺青・べろ藍・藍など顔料を膠水で溶いた絵具で彩色されており、周囲は胡粉、下地に白土を塗り重ね金箔の砂子が蒔かれています。」これら高価な素材の購入にかかった費用は150両、金箔は4400枚も使用したと言う。

「八方睨み鳳凰図」を理解するには、その数年前に描かれた、ボストン美術館の「鳳凰図」を見るのが良いと思う。その図は、『北斎肉筆画の世界』(TJmook, 内藤正人監修)に掲載していて、私のブログ「『北斎肉筆画の世界』(TJmook, 内藤正人監修) (2017.11.23)で、部分図を取り上げた。

ボストンの鳳凰図を見れば、複雑に一体化された岩松院の鳳凰の全体像がよくわかる。


以下の画は、ボストン美術館「鳳凰図」八曲一隻屏風、1835年の、左四曲と右四曲である。
同書(加藤陽介氏)は、次のように説明している。「松の繁茂を思わせるような背の羽毛、社殿の装飾を喚起させる繧繝(うんげん、同じ色を濃から淡へ、淡から濃へと層をなすように繰り返す彩色法)彩色による風切り羽、風に漂いどこまでも伸びる尾羽、隈が施された貌(かお)の表情は鋭い。横は二m以上あるものの、高さ三十cm程度。部屋の仕切りというよりは、節句などの飾りに用いたものであろう。」

ところで、鳳凰とは、「空想上の鳥の名。古来中国で麒麟,亀,竜とともに四瑞として尊ばれた。・・・聖徳の天子の兆しとして出現すると伝えられる。」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)北斎も最晩年になって、聖徳の天子が現れることを祈って描いたのだろうか。北斎の晩年のひとつのモチーフを表しているように思われる。なお、伊藤若冲も「老松白鳳図」を始め、何度も描いているのはよく知られている。

ところで、「八方睨み鳳凰図」は、NTT東日本などがアルステクネの技術を活用して高精細デジタル化を行い、2022年6月2日~7月3日に、「Digital×北斎 特別展 大鳳凰図転生物語」を開催していた。今後、デジタル化された画像によって、様々な角度から詳細に、各地で見られることを期待したい。

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2022年10月2日日曜日

Google Pixel 6 Proへの移行奮戦記

これまで、私のスマホは、中国機以外で、かつ価格が安いという理由から、一貫してAsusのSIMフリー機だった。今回はおそらく人生最後の購入となる可能性が高いので、思い切って、Google Pixel 6 Pro(以下Pixelとする、SIMフリー)を選んだ。

Pixelを選んだ理由は、Google Tensor搭載とカメラ性能の高さである。今年10月にはPixel 7が出るため、一時的に約30%も割引されていたので、早速購入した。i-phoneの例を見れば、Pixel 7は円安でおそらく高くなりそうなので、あえて現行の製品を購入。
 なお、現在使っている、AsusZenFone 6(以下Asusとする)には大きな問題は無かった。これまでの経緯については、「格安スマホも3代目:Asus Zenfone 6を購入(2019.10.15)」を参照してください。

旧機Asusからの移行には、以下のような様々な難関があったので、同様の作業を必要とする方は参考にしてください。

1)旧機Asusからのデータの移行について、Pixel同梱のコードを使うとうまくいかず、旧機Asus同梱のコードで成功。理由は不明。これを除けば、基本的なデータの移行作業は比較的容易。

2)旧機AsusでのSIMカードを、Pixelに使ったものの、これまで使っていたNTT DOCOMOのネットワークにつながらない。いろいろ試してみたがうまくいかず、契約しているOCNの電話サポートに頼ることになった。そのアドバイスに従い、APNについて、旧機Asusのデータに基づいてPixelのAPNに追記し、接続できた。

3)それ以外でも、データの転送は完全ではなく、いくつかのソフトでは、改めて設定をする必要があった。

4)その他、NOKIAのワイヤレスイヤホンに接続できないということもあった。旧機Asusでの接続設定を削除してようやくつながった。おそらく同様のケースがあると思う。

5)その後しばらく使っていたが、システムの更新を求められたので実行すると、すでに設定したAPNのデータが消去されていて、2)の作業をもう一度やり直すことになった。

移行での大きな問題点は以上の通りです。Pixel 6 Proに移行して良かった点などは、別のブログで書きたいと思います。

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2022年8月27日土曜日

ロシアのウクライナ侵攻に関する2つの論文集をまとめました

 ロシアのウクライナ侵攻以降に作成した、ロシアのウクライナ侵攻と対ロ経済制裁に関する論文と、その背景を探るため戦間期に遡って独ソ関係を検討した論文をまとめた、以下の2つの論文集をまとめました。ご参照いただけましたら幸いです。

論文集 ロシアのウクライナ侵攻の背景と対ロ経済制裁(「論文集 ロシアのウクライナ侵攻の背景:ロシア経済の停滞と、国家とオリガルヒの癒着」の増補改訂版)
 論文集】(クリックすると論文が開きます)

目次
1 ウクライナ危機、2022年初頭:ロシア・ウクライナ両国の歴史と経済関係
2 プーチン政権と一体化するロシア国有企業群:ウクライナ侵攻の背景(第2版)
3 制裁で打撃を受けるロシア企業とオリガルヒ:先進国に依存するロシア企業とオリガルヒ
4 ソネンフェルド調査最新版におけるドイツ企業
5 ウクライナの対ロシア戦争の3つの領域:グローバル経済の下での対ロ経済制裁の意義
6 スナイダー『ブラッドランド』書評
7 コンクエスト『悲しみの収穫』書評

「論文集 戦間期における独ソとその周辺諸国の経済関係」
 【論文集】(クリックすると論文が開きます)

目次
I 誤りだった戦前の日独同盟:全く異質な日独経済システム(1)
II 誤りだった戦前の日独同盟:全く異質な日独経済システム(2)
III 一次産品輸出国としての戦間期ソ連
IV 独ソの狭間、東欧諸国の戦間期対外経済構造




2022年8月24日水曜日

『北斎クローズアップ』全4冊、「II 生きるものへのまなざし」

YouTubeチャンネルを開設しました。新保博彦のチャンネルです。以下の内容を含む「北斎の須佐之男命厄神退治之図と晩年の大作群」を作成しました。(2023.5.22)

前回に引き続き、『北斎クローズアップ』全4冊、「II 生きるものへのまなざし」を紹介したい。IIは、魚介、禽鳥、昆虫、動物、草花、などあらゆる生き物を描き尽くしたいという北斎の強い意志と多彩な技術が詰まった作品群である。このブログでは4つの作品に注目した。

最初の作品は、「蟹尽くし図」(絹本一面、フリーア美術館)。

「百匹以上もの大小さまざまな蟹が、水草の上を蟹(かい)行している。」(11、本書でのページ数、以下同じ)これだけの蟹が描き分けられているのに驚くが、砂浜、水中などの背景はほとんど描かれていない。

この図を見ると、伊藤若冲の貝甲図を思い出すが、北斎の図の方が背景がさらに抽象的である。

次に、「鯉亀図」(紙本一幅、一八一三年、埼玉県立歴史と民俗の博物館)右上が全図、その他は部分図。
「ゆったりと泳ぐ二尾の鯉の脇には、やはり二匹の亀が愛嬌たっぷりに描かれている。」(16)
こちらをじっと見つめる鯉の目、北斎の作品にはよく出てくる眼差しである。
やはりここで注目したいのは、水。水草の描き方は「蟹尽くし図」とよく似ているが、水の流れは全く非現実的で、鯉や亀の動きとも対応していない。

流水に鴨図」(絹本一幅、一八四七年、大英博物館)
「縦長の画面全体を流水とし、番(つがい)の鴨を描いている。」雌はうっすらと描かれているだけだが、「雄は、西洋画にも通じる濃彩で、群青を用いるなどして羽毛の微妙な光沢を表わし」(31)ている。部分図でその緻密な描き方がよくわかる。
そして、やはり注目は水の流れ、鴨が実際に泳いでいる場所とは異なって急である。北斎は水の流れを自在に操っている。

最後に「桜に鷲図」(絹本一幅、一八四三年、氏家浮世絵コレクション)「流水に鴨図」と同様、北斎晩年の肉筆画。
「湧き水の落ちる岩場に、凜々しい鷲が羽を休め、その背後には山桜が咲き誇っている。」 先の鯉同様に眼光鋭い鷲と、上に伸びた枝に沿って微妙な濃淡を付けて咲く山桜が、対照的に描かれている。
ところで、同じ年に描かれている「雪中鷲図」(紙本彩色、摘水軒記念文化振興財団、本書には無い)は、描かれている季節は異なるが、鷲と全体の構図は、とてもよく似ている。連作になっているのだろうか。

本書には、以上の4つを含め79の作品が掲載されている。その他に、[特別付録]『肉筆画帖』、[特別付録解説]『肉筆画帖』制作事情と作品解説、[総論]北斎の閲歴と芸術[弐]が納められている。
『北斎クローズアップ』全4冊、「I 伝説と古典を描く」とともに、ぜひご参照ください。


2022年8月5日金曜日

『北斎クローズアップ』全4冊、「I 伝説と古典を描く」

YouTubeチャンネルを開設しました。新保博彦のチャンネルです。以下の内容を含む「北斎の須佐之男命厄神退治之図と晩年の大作群」を作成しました。(2023.5.22)

東京美術から永田生慈監修・著北斎クローズアップ」全4冊が刊行されている。北斎の重要な作品群をテーマごとに、鮮明な画像で大きなサイズ(A4)の版で印刷されている貴重な画集である。全4冊を順に紹介したい。まずは「伝説と古典を描く」と題する第1巻である。第1巻には、晩年の貴重な、疫病と闘うというこれまでに無い意図を持った作品が、多数収録されていて興味深い。本ブログでは、私が特に注目した4つの作品を5つの画像で紹介したい。

一つ目は、「朱鍾馗(しゅしょうき)図」、絹本一幅、一八四六年、メトロポリタン美術館。(左は部分図)。
北斎八十七歳の制作である。鍾馗は中国で広く信仰された厄除けの神。鍾馗を朱描きにしているのは、「男児の疱瘡除けに効果のある色とされた」(本書p.8)からだという。同書p.6-7には、34-5歳頃の鍾馗図も掲載されている。
鍾馗の表情は、その朱色とともに、見るものに強烈に迫ってくる。


二つ目と三つ目の図は、「須佐之男命厄神退治図」、板額一面、一八四五年、牛島神社旧蔵(焼失)、(注意:この図は左図、次が右図)
この図は、「須佐之男命が厄神たちに、病や凶事を起こさぬよう誓約書をとっている図である。」(26)
この図は、私のブログの「北斎晩年最大の傑作、須佐之男命厄神退治之図 No.1」でも紹介したように、関東大震災で焼失したが、凸版印刷が墨田区の復元プロジェクトに参加し、当時の彩色された絵馬を原寸大で推定復元した。上記ブログの復元版(カラー画像)と比較参照していただきたい。
本書ほど拡大してみると、中央やや右上の白い装束を着た「須佐之男命」が、朱色と思われる服をまとい、腕には疱瘡の痕が見える疱瘡神、紫と思われる衣をまとった梅毒の厄神、風邪をはやらせる疫病神の風邪の神などと闘おうとしているのがわかる。
この時代に流行した病と闘いは、一つ目の作品と同様だが、北斎晩年の重要なテーマとなっている。

参考のため、3つの神の部分を切り取った、カラーの図を順に示してみた。白黒の図ではどれになるかおわかりいただけるでしょうか。


四つ目の作品は、「龍図」と「虎図」である。この二つの作品は、ともに紙本一幅で、一八四九年に制作され、龍図はフランスのギメ東洋美術館に、虎図は太田記念美術館が所蔵していたが、二〇〇六年に対幅であることが判明した。
龍と虎の視線が見事に相対しているので、対幅であることがよくわかる。龍と虎は並び立つ二大強者。天上から姿を現した龍は墨一色で描かれ、対照的に雨中の虎は色彩豊かに描かれている。


以上は第1部「信仰と伝説」での作品、最後に紹介するのは、第2部「孤児・物語」の作品、「雪中張飛図」(絹本一幅、一八四三年)である。
北斎最晩年の武人図。雪中とされているように、一面に粉雪が降っている中で、槍を抜いた武将が天空を見つめている。
ここまで紹介した作品の中でも、最も色彩が豊かで、緻密に描かれている作品のひとつのように思われる。左が詳細図であるが、傘の内部をはじめ、各部分が丁寧に描かれているのがわかる。

本書には、合計75作品とともに、特別付録:読本挿絵の世界、特別付録解説:北斎の読本挿絵と掲載作品の書誌、総論:北斎の閲歴と芸術[壱]も掲載されている。
なお、私のブログで関連する内容は、「疫病と闘い続ける北斎」にもある。あわせてご参照ください。