私が住む地域の展覧会は、まだ開催されていないが、公式図録を入手したので、さっそく紹介したい。左は表紙で、「剱山の朝」(図録p.46、以下同じ)という作品である。
公式図録の目次は次の通り。「プロローグ、第1章 それはアメリカから始まった、第2章 奇跡の1926年、第3章 特大版への挑戦、第4章 富士を描く、第5章 東京を描く、第6章 親密な景色:人や花鳥へのまなざし、第7章 日本各地の風景I 1926-1930、第8章 印度と東南アジア、第9章 日本各地の風景II 1933-1935、第10章 外地を描く、大陸を描く、第11章 日本各地の風景III 1937-1941、エピローグ」
なお、図録のページ数は256、吉田博の生涯、194の作品、写生帖、版木、資料、略年譜、主要参考文献、作品目録からなる。また、主な箇所は日本語と英語で表記されており、海外の読者も読めるようになっている。
右は「第3章 特大版への挑戦」の代表的な作品、「渓流」(80-1)である。「動く水の面白さに焦点をしぼる」と言う。私の以前のブログで指摘したように、「残念なことに、なぜか画集では半ページで印刷されている」が、本図録では2ページ見開きで掲載されている。ぜひ詳しく見ていただきたい。流れ落ちる⽔と渦巻く⽔が、信じられないような精細さで描かれている。吉田博は、世界各地で活動しているので、目次の通り世界各地での作品が含まれている。また、交友の範囲も広いので、様々なエピソードがある。図録で紹介されたエピソードのいくつかを紹介しよう。ひとつは、東京裁判日本側のベン・ブルース・ブレイクニ弁護士との交友である。「昭和21(1946)年5月14日に東京裁判でブレイクニ弁護士は「戦争は国際法の法規から合法とされているので犯罪ではない。戦争は国家の行為で個人の行為ではないので、個人の責任を追及し、裁くのは間違いである」と主張した。また「真珠湾攻撃が殺人罪ならば、原爆を投下した者も殺人罪になるのではないか。原子爆弾は明らかにハーグ陸戦条約第4項が禁止する兵器だ」と指摘し原爆を告発した。」(14)詳しくは、私のブログを参照していただきたい。
もうひとつのエピソードが左の作品にある。作品名は「第2章 奇跡の1926年」の「光る海」。(61)この作品の左のページに、「ダイアナ妃と《光る海》の謎」というコラムがあり、ダイアナ妃の執務室の後ろの壁に、「光る海」が掛けられているのがわかる。監修者である、博の孫にあたる吉田司氏は、ダイアナ妃が吉田博の他の作品を購入している経緯から、この作品も同様に購入していた可能性を考察している。「『吉田博 全木版画集 増補新版』刊行される」(2021年10月23日)、「『新版画ー進化系UKIYO-Eの美』に出かけました」(2021年9月16日)、「『吉田博 全木版画集』」(2017年1月9日)